夕影 9









ゴオオオオ・・・



? 何だろう、この音・・・風?それにしては煩すぎる。

今日は嵐なのかなあ。昨日までお天気だったのに・・・





ガタガタ

「あ、機内食がきたわ」

「エリ、どうする?ちゃん起こす?」



きないしょく?え、何それ。何の話?ここどこ?





そっと目を開けてみる。

薄暗い。あったかいのはお母さんに抱っこされているから。

椅子に座っているようだ。隣にお父さんも見える。




風の音は小さな窓からするように思える。

ぐるりと辺りを見渡して思ったが、まさかここって・・・




「あれ?ちゃん、起きてるのか?」

「え?あ、ほんと・・・出来れば着くまで寝ていて欲しかったんだけど・・・」

「いやー流石にそれは無理だろ」




・・・ここって、飛行機の中、だったり?




















そんな訳でこんな訳で。

ほぼ寝てる間に全て終わってました。


気付いたら飛行機の中だったからね。しかもその後ごはん食べて、またすぐ寝たからね。

酔うことも無く、泣くことも無く。無事に空港に到着してました。良かった良かった。


どうやら飛行機の中は私にとって心地よい空間だったようです。終始寝てたのがその証拠。

お母さんやお父さんにとっても良いフライトだったに違いない。

赤ちゃんが泣き喚くと、周囲にとても迷惑をかけてしまうだろうしね。



で、今は夜。同じツアーに参加した人たちと合流して、ガイドさんから明日の予定を聞いているところ。

どうやらここはシチリア島という場所らしい。

辺りが真っ暗だと言うことも相まって、まったくもってどんな場所だかわからないのだが・・・

たしか、レモンが有名。・・・だったような?

ううむ。こんなことならきちんと地理を勉強しておくんだった。あと世界史。






「あ!さっきの赤ちゃん起きてる!可愛い〜!」

「名前は何ていうんですか?」

「あ・・・っていいます」

ちゃんですか。良い名前ですね!触らせてもらっていいですか?」

「はい、いいですよ」




いつの間にやら説明は終わっていたようで、解散した人たちがわらわらとこちらに寄って来た。

赤ちゃんが珍しかったのだろう、口々にきゃーかわいい!とかちっちゃーい!とか騒いでいる。

うん、その気持ち分かるよ。赤ちゃんって可愛いよね。まさか自分がそうなるとは思わなかったけどね。


ぷにぷに、と頬っぺたを突かれながら、なでなで、と頭を撫でられながら、さり気無くお母さんの顔を伺う。

突然皆が寄ってきたのには少し引いてたみたいだけど、緊張はあまりしていないみたいだ。

人とコミュニケーションをとるのが苦手なお母さんだけど、私のことを褒められて緊張が解けたのだろう。



それにしても、皆テンション高いなぁ。私も成長したら、果たして同じテンションに戻れるだろうか・・・


きゃっきゃとはしゃぐ若いお姉さん達を眺めつつ、ちょっと黄昏たくなってしまった。

だって今の私、これから成長しても精神的には+18で・・・


・・・あーやめやめ。やっぱり考えないようにしよう。嫌な予感しかしない。





























・・・さて、次の日。

ホテルから出発した私達は、今日一日シチリア島見学をするらしい。


空はからりと晴れ、陽射しが眩しい。

でもレンタルしたベビーカーの日除けのお陰で私は快適である。

座っていれば良い私と違って、バス以外徒歩で観光する大人たちはちょっとしんどそうだけど、

イタリアの町の魅力の方が勝るらしく、楽しそうにお喋りしたり、写真を撮ったり。

私も赤ちゃんじゃなかったら360度の景色を楽しめるのだろうが、

ベビーカーを押してもらっている立場で贅沢は言えない。





「うわぁ・・・凄い!」

「う?・・・あぅぁー!」




ベビーカーが止まり、お母さんの声が聞こえた。

何があったのかと身を乗り出せば、遥か眼下に広がる円形の劇場のようなもの。

大分崩れてしまっているが、それがまた雰囲気を良くしている。


眺めに暫し感動していた私だが、ふと視界の下を何かが横切った。

え?と思ってよくよく見てみると・・・それは薄茶の猫だった。



「なー!」



にゃー、と叫ぼうと思ったのだが妙に失敗した。うぐ、私にはまだレベルが高かったか。

しかしそんな赤ちゃんの声でも一応効果はあった様だ。

ベビーカーの脇をすたすた通り過ぎようとしていた野良猫は一瞬静止し、ん?とこちらに振り向いた。



「なーなー!あー!」


こっちに来てくれないかなーという淡い期待を抱いていた私にはこれはチャンスだ。

ぶんぶん、とベビーカーから手を振り、おいでおいでと呼んでみた。

すると猫は戸惑いながらもこっちに方向転換したではないか。

そう、その調子その調子。もっと近くに来てください。そしてちょっと撫でさせてください!





ひょいっ

「?!」


いきなり視界から猫が上方に消えた。



「あら可愛い猫ね〜・・・野良猫かしら?」



と思ったら犯人(違)はお母さんだった。

ベビーカーから見上げると、先程の猫を優しく抱っこし、喉をくすぐっている。

猫も慣れているのか、気持ちよさそうに目を細めて喉をゴロゴロと鳴らした。

・・・あああ私もやりたい!猫可愛い!


「なー!あー!」

「ふふ、ちゃんもなでなでする?ほら、可愛いわねー」


頑張って訴えかけたのが効いたのか、お母さんは私の傍にしゃがんで、猫を差し出してくれた。

精一杯手を伸ばし、柔らかい毛を思う存分堪能する。

野良猫のくせに気持ちいいその感触に、誰かさんの髪の毛を重ねてしまったのは決してツナ欠乏症だからではない。

・・・と言い張っておく。一応。









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