夕影 8











「ね、ちゃん。どこがいい?」





お母さんから唐突にそう質問されたのは、残暑の厳しさもそろそろ和らぐかという頃。

いきなり抱き上げられてテーブルまで連れて来られ、しかもその上に乗せられた。

目の前には何故か嬉しそうなお母さんにお父さん。

手を突いてバランスを取ったら変な感触だったので下を向くと、これまた何故か世界地図。


・・・私に何をしろと?




「・・・うー?」

「あ、やっぱりわかんなかったかな?

 あのね、今度ちゃんの誕生日が来るの。

 お祝いにどこか旅行に行きたいんだけど、行き先はちゃんに決めてもらいたいなーって」

「・・・う?」




へ?何?もしかして・・・誕生日プレゼント、海外旅行?!!

えええええ!!!お金の使いどころ間違ってるよ!!豚に真珠だよ!!

私が普通の赤ちゃんだったら多分記憶にも残らないだろうに。


・・・でもこれって、それだけ可愛がられてるってことでいいのか、な?

じゃあ遠慮なく、好きな所を選ばせて貰おう。



私だけじゃなくて、お父さんとお母さんも楽しめる場所がいいな。

・・・と言うか赤ちゃんの私が楽しむって可能なんだろうか?景色見るぐらいじゃない?

あと、どうでもいいけど、もしグリーンアイランドとかサハラ砂漠とか選んだらどうするつもりだったんだろ。

まあ、選ばないから心配要らないけどね。





「・・・なあ、ちゃん、やっぱりわかってないんじゃないか?」

「大丈夫!ちゃんは頭いいんだから」





さてと。そろそろ選ばないと私の選択権はなくなってしまいそうだ。

改めて自分が尻に敷いてしまっている世界地図を見下ろした。




「ん〜・・・」

「あ、ほら!考えてる考えてる!」

「えー・・・ホントかよ?海とか選んだらどうするんだ?」

「そこら辺にある小さい島にでも行けばいいじゃない」




お、それもいいかもね。残念ながらそうはならないと思うけど。


悩むような声を出しておいて何だが、私の中ではもう結論がほぼ出ていた。

ここが私の元々の世界だったなら大いに悩んだだろうが、

今私がいるのはREBORN!の世界なのだ。(未だに現実感が沸かないが)

だったら答えは一つ。・・・イタリア!





「ん!」

「あ!選んだわ!」

「凄いな!・・・んー・・イタリア辺りか?」




力強く、ぺちん!とイタリア付近に手のひらをつけた。

イタリアが出っ張っていてよかった。小さな赤ちゃんの手ではあるが、きちんと指し示すことが出来た。




「イタリアか・・・」

「稜、イタリアは大丈夫?」

「え?ああうん、ばっちり。心配しなくても俺が何とかするから」

「そっか、ありがと。・・・やっぱり稜は凄いよね!」

「そんな事無いって。 あ、でもツアーでいい?案内とかできないし」

「うん、その方が安全だよね」

「じゃあ、ツアー選ぶか。希望ある?」

「えっとね・・・・・」




目的地が定まれば、あとは大人たちの出番。

2人が楽しそうに詳細を決めている間、私はその場でごろんごろんと転がったりしてぼけーっと過ごした。


イタリア・・・ノリで選んだけど、本当にマフィアがいたりするのかなー。

さすがにうようよしてるなんてことは無いよね。そんな国危険すぎるよ。

マフィアのアジト巡りツアー!とかあったらいいなー。絶対生きて帰れないけど。

だって漫画とかで一瞬出てきたランチアさんのファミリーのアジトとかボンゴレファミリーのアジトとか、

どこからどう見ても素敵なお城だったもん!一度この目で見て見たいよ。ってどこにあるか知らないけど。

でもなあ、日本に置き換えるとやくざの総本部を見学しよう☆って言ってるようなものだからなー・・・

・・・うん、命がいくつあっても足りないよ!





「あーうー」

「あ、ちゃん暇だったね、お昼寝しよっか」




いい加減に暇だったので唸りながらごろごろ転がってさり気無く主張すると、お母さんが気がついてくれた。

よいしょ、と私を抱き上げて席を立つ。

ほんと、いつもいつもありがとうございます。お母さんにはいくら感謝してもしきれない。



「・・・あーと〜」

「・・・・・・っえ?」

「っぅあ(やば・・・;)」



やばいやばいやばい!どうせ喋れないからって声に出したのがまずかった!

いつの間に妙にかつぜつ良くなってんの自分!さり気無くイントネーションも加えちゃったし!

だだだ大丈夫かな今の?怪しまれてないよね・・・?



「え、・・・ちゃん?」

「う?(お願い気のせいにして気のせいにして気のせいにして)」

「エリ?ちゃんがどうかしたのか?」



私の願いもむなしくお母さんはその場でぴくりと静止。

不審に思ったお父さんまでがこちらにやって来てしまった。

ああ、自分の馬鹿!うましか!若干、いやかなり混乱する私を余所に、会話は続く。



「稜・・・今、ちゃんが何か、喋ったような気がして」

「喋る?あーとかうーとかいっつも喋ってるじゃん」

「そうじゃなくて!おはようとかこんにちはとか、意味がありそうな言葉・・・」



惜しい!答えは「ありがとう」です。もちろんそんなこと永久に言えないけど。



「んー・・・つってもちゃん、まだ赤ちゃんだからなあ。

 何かの音を真似した、とかは?テレビ見るの好きだろ?そこで覚えたのかも」



ナイスフォロー、お父さん!テレビ見てて良かった!



「そうかな・・・」

「そうそう。まだママともパパとも呼んでもらってないんだ。

 第一声が「おはよう」じゃショックすぎるって!」



ショックなの?そっか、やっぱ親としては初めに呼んでもらいたいよね。



「そうだ!これを期に呼んでくれるかも!」

「え?」

ちゃんにパパ、って呼んでもらうんだよ!エリより先に」

「え、ひどい!私のほうが先に決まってるじゃない!」

「そんなことはないぞ?ほらちゃん?パパーって呼んでみて!」

「あっ・・・だ、駄目!ちゃん!ま、ママって呼んで?ね!」

「・・・・・・・」



・・・えと、何か話の流れが変な方向に行ってないですかお二方。

助かったことは助かったけど。

でもこの展開はどっちかを呼ばないと終わらない・・・とか?

そんなまさかー。え、ちょっとした冗談ですよね?


希望を込めて2人を見つめるも、どうにも本気らしい。

お父さんもお母さんも、期待半分、焦り半分の視線で、私を射抜くが如く見つめ返してきているのだ。

正直怖い。逃げ出したい。・・・だけどお母さんに抱っこされたこの状況では無理。

・・・・・やるしかないのか。



心の中で大きくため息を付いて、私は覚悟を決めた。

うまく言えるか自信は無いけど、やってみるだけやってみよう。

どっちを呼ぶかって・・・そりゃあ、日頃お世話になってる方に言わなきゃね?

・・・ほんとごめん、お父さん!




「・・・ぅあー・・・んー・・・まっ!」

「! ・・・ま、って言った・・・・ママ、ママって言ったわ!!」



思ったとおり、あまり上手にはいかなかったけど、なんとか一文字を捻り出すことが出来た。

それだけでも十分彼女には伝わったようで、一瞬驚きに目を見開き、その後で喜びに目を細めた。





・・・ってあれ。・・・も、もしかしてお母さん、泣いてる?!




ちゃ、・・・う、うぅ・・・」

「え、ちょ、エリ?!」



慌てたのはお父さんも同様だったようで、それから数分間はおろおろしっぱなしの彼だった。

私はどちらかと言うとお母さんが私を取り落とすんじゃないかと、そっちの方が心配で内心どきどきしっぱなし。
まあ、実際は逆にぎゅうぎゅう抱きしめられてほんと苦しかったです。

お母さん、嬉しいのはわかったけど苦しいのもわかってくれないかな!















次の日、報告のためにお母さんと沢田家を訪れると、ツナは生憎お昼寝中。

私が奈々さんに「ママ」を披露している間もぐっすり眠っていて起きない。

つまんないの、と少々不満に思ったけど、久々に添い寝が出来て嬉しかったのでよしとする事にした。


この頃は陽射しも穏やかになってきて、過ごしやすい日々が続いている。

今日も例外ではなかったようで、ぽかぽかの陽気に包まれてうとうとと瞼が下がる。

ごろんと寝返りをうつと、視線の先にはすうすう寝息を立てるツナ。やっぱり起きる気配は無い。

あー・・・ツナの髪、今日まだ触ってない。とりあえず、触っとこうかな・・・









「あら、ちゃん寝ちゃったのね」

「綱吉君もちゃんも気持ちよさそう・・・写真とってもいいですか?」

「どうぞどうぞ。あ、私もとろうかしら。

 ・・・そういえば恵里奈さん、いつイタリア旅行に出発するの?」

「あ、実は明日の朝なんです。丁度ツアーの予約が取れて」

「随分急なのね〜」

ちゃんの誕生日に間に合わせたくて。

 あ、先にお祝いしておきます。綱吉君、お誕生日おめでとう」

「じゃあ私からもお祝いしておこうかしら。ちゃん、お誕生日おめでとう」

「うふふ、二人共同じ誕生日だなんて、何だか嬉しいです」

「私もよ。もうちょっと大きくなったら、二人もきっとそう思うに違いないわ」

「来年は是非一緒にお祝いしましょうね!」

「ええ!とっても楽しみだわ〜v」












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