夕影 7
ツナの驚異的な食事量を目撃したあの日から、一週間後。
またもお呼ばれされた、お母さんと私。
またもそびえ立つ、ツナの前のごはん。
・・・私は作戦を決行し、彼の器を隣から掠め取った。
「・・・・・・っう・・・
・・・・・・・・・ぅあ、ああああああ!!!!」
「ううう!んー!!!」
「・・・え、ちゃん?!ど、どうしたの?」
「あらあら・・・ちゃん、お腹すいてたの?」
予想通りに泣き叫び、取り返そうと精一杯身を乗り出してくるツナ。
母親2人の見当違いなコメントを聞き流し、私は器を持つ手に力を込めた。
器はもちろんがっちりホールドしてある上に、彼の腕が届かない場所に移動させてある。
でもずっとそのままは辛いだろうし、もとよりそうする気もない。
私のこの作戦の目的は・・・ツナの食べ過ぎ防止、だったりする。
あの日家に帰ってから思い出したのだが、
与えるだけ食べてしまう子には、食事を出来るだけゆっくりとらせる事が効果的だ。
・・・と、昔テレビ番組で見た記憶がある。
少しずつ、少しずつ食事を出していくと満腹を感じられるようになったはず。
ということはツナにもそういう食事の仕方をさせれば、普通の量で満足させられるのではないか、と考えた。
しかし悲しいかな、今の私は赤ちゃんの身。考えをお母さんや奈々さんにわかってもらえる筈も無い。
なら、どうするか。
・・・・・私がやるしかないじゃないか。
ということなの、だが。
「あぁあああん!!ぅぁあああああ!!!」
「ど、どうしちゃったのかしら・・・今までこんなことしたこと無かったのに・・・
・・・・な、奈々さん、ごめんなさい!止めさせます!・・・ちゃん!」
「そんな、気にすることないわよ?」
物凄く戸惑った様子のお母さんが席を立ってこちらにやってくる。
そろそろ止めさせられそうになってきたので作戦を第二段階に移行することにした。
「ちゃん、そんなことしちゃ、・・・・・っえ?」
「・・・まあ!」
私は奪い取ったツナのごはん――今日は肉じゃが――をスプーンですくい、ツナに差し出した。
予想外であっただろうこの行動にお母さんが絶句する中、泣いていたツナもそれに気付く。
「ぅえっ、えええん・・・?・・・・・!」
ほぅら、気付いた。
さっきまで欲しくて欲しくて仕方がなかったものが目の前に。
泣いていたツナの目が途端に輝きだすのがわかる。そして大きく口を開いたかと思うと・・・
ぱくっ
・・・一瞬にしてスプーンの上からじゃがいもとにんじんの欠片が消えうせた。
ツナはというと満面の笑みでそれらをもぐもぐ咀嚼したかと思うとごっくんと飲み込み、
再び、ぱかぁと口を開いた。
「っあー!!」
「・・・・・ん(はいはい、おかわりねー)」
きらきら、きらきら。ツナから素敵な輝きが放出されているような錯覚さえ起こしそうだ。
何この笑顔。
さっきまで泣いてたくせに、ごはんが食べられるとわかった途端にこれか。
なんて単純。なんて可愛い。仕方ない、好きなだけ食べさせて・・・・・
・・・・・・・・・・・・っは、いかんいかん、おちつけ自分!!
危うく作戦を放っぽりだして第二の奈々さんになるところだった。ツナ・・・恐るべし。
そんなこんなで餌付け(違)は順調に進み、半分の量に差し掛かった時点で与えるのを止めた。
私の分より少し多い、多分これ位が普通の量だろう。
最初から成功はしないだろうなと予想はしていたが、次がもらえないとわかるとやっぱり悲しいのか、
まるで捨て犬のような瞳を向けてくる。
「・・・・・ふぇ・・・っ」
「・・・・・・・・・・・」
駄目だ。ゆらいじゃ駄目だ。耐え抜け、私!・・・・・・・・自信ない!!!
だって、ツナのうるうる眼の攻撃力、半端無いんだよ!
『もらえないの・・・?』って幻聴が聞こえてくる気さえする。
で、でもでもっ・・・メタボツナ回避のためにも、ここで折れるわけにはいかないんだ!
いろいろと諦めてしまいそうな自分を叱咤し、改めてツナに向き直る。
ツナは未だ向こうにどけた器を見つめているけど、ここでごはんを与えるという選択肢は削除。
これでも十分食べたと思う。足りないなんてことは無いはずだ。
もうこうなったら、どこか他の何かに意識を逸らせてしまうしかない。
一番有効的な手は・・・まあ、とりあえず撫でてみるか。
「ん」
「?」
わしゃわしゃ。
ごはんじゃなく、こっちに興味を移すため、いつもより多少大げさにツナの頭を撫でる。
成功するかどうか半信半疑だったけど、こっちを向いたツナがそのまま視線を外さないので、多分成功。
やったね!やるじゃん私!
・・・と、嬉しさにほくほく出来たのも僅かの間だった。
「あぅー!」
「・・・・・う?」
あ、あれ?なんだかツナ、近づいてきてない?
おまけに両手をこっちに伸ばして、一体何をしようって言うん・・・・はっ!
気づいた頃には時既に遅し。
ツナの両手は私の髪の毛をぐわしと掴み、加えてその身体は・・・
ぎゅう
「!!!!!」
・・・・・容赦なく、私の身体の上に圧し掛かった。
「っあうあぁあああ!!!(ぎゃああああ痛いっ!重いっ!つーぶーれーるぅうう!!!)」
「きゃああ!ちゃん!!」
「ツッ君!!!何してるのもう!!」
私が思わずあげた悲鳴に呼応するように叫んだお母さんに奈々さん。
苦しいながらも狭い椅子の中で見上げたツナは、周りの大混乱を気にも留めず、
と言うか自分が何をしているかわからずにきょとんと首をかしげ、
やっとこさ奈々さんに抱き上げられてもきゃっきゃと笑って喜んでいた。
あああ、きょとんとした顔も、笑ってる顔も可愛い!
でも今のはさすがに痛かったよツナ!久々に本気で泣くかと思った!!
くそぅ、こんにゃろ、今度はこっちが仕返ししてやるからな!!!
ひとまずお母さんに抱き上げられた腕の中から、精一杯睨みつけておいた。
・・・ちっとも効いてなかったけど。
因みに後日、ツナがぽけっとしている所を見計らって思いっきり圧し掛かり仕返ししようとしたのだが、
全くの逆効果。
彼は私が乗っかると何故かとても喜び、苦痛なんて感じていないようだった。
私ってそんなに軽かったのか・・・
やっぱりもっと食べるべきかも、と落ち込んだ夏の午後。
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