夕影 5
時が経つのは早いもので、あれから3ヶ月が経った。
私は生まれてから9ヶ月になり、一歳の誕生日の話題が、両親の間でよく出るようになった。
・・・ちょっと早すぎないか。
「ちゃん、ちゃん!ほぅら、こっちおいで〜?」
「う・・・?」
おすわりをしてピンクの花柄の柔らかいボールを突っついていた私は、自分を呼ぶ声に振り返った。
そこには、床に正座して手招きで私を呼ぶお母さんの姿が。
・・・来いって事だろうか。
そう判断してハイハイでお母さんの下へ向かうと、途端に彼女の目が大きく見開かれた。
「っ・・・ちゃん!!」
そして私の名を呼ぶと同時に走り寄って来た。
何が何だかわからないうちにぎゅっと抱きしめられて困惑する。ちょっと苦しい。
私が何かしただろうか?と疑問に思ったが、その謎はすぐに解けた。
「ちゃんったら凄い!凄いわ!ハイハイができるのね!良かったぁ・・・」
「・・・・」
あー・・そういや今までって移動といったらゴロンゴロンと転がって移動してたっけ。
お母さんは私のハイハイにびっくりした訳だ。
「奈々さんの所の綱吉君はもうつかまり立ちしてお菓子漁ってるって言うし、
奈々さんの知り合いの方々の所も、とっくに出来てるって言うし・・・
ああ、良かった!ちゃんとできるじゃない!いい子ね、ちゃん!」
あー・・・うん。
ごめんね、お母さん。私だけ出来てなかったら心配するよね。
でも転がるの楽だったし、面白かったから、つい!
・・・因みにさっきさり気無くツナの話題出たよね?
まだ赤ちゃんなのにお菓子漁るって。どんだけ食欲旺盛なんだ奴は?!
太らないといいけど・・・
危うくメタボなツナを想像してしまいそうになり、慌てて振り払うようにお母さんの服を掴む。
・・・が、彼女が急に立ち上がったので、離れてしまい、勢いで後ろにコロンと転がった。
「そうだわ!ちゃん、今の、お父さんにも見せてあげましょ?・・・・・あなたー?
・・・寝てるのかしら。もう!・・ちょっと待っててね。すぐ呼んでくるわ!
・・・・・・あなたー!・・・・稜!りょーうー!? ちゃんがね・・・・・・」
立ち上がった彼女は返事の無いお父さんを呼びにパタパタと小走りにかけていった。
いつも仕事で忙しいらしいお父さんのことだ、多分疲れ果てて寝ているのだろう。
私のハイハイごときで起こしてしまうのは気が引けるが、
お母さんの顔を見る限り、彼女にとっては余程嬉しいことだったんだろう。
・・・よし、今度つかまり立ちでもしてみようかな。
・・・・・と思ったのだが、その機会はすぐさまやって来た。
お父さんに私のハイハイを見せても喜びが納まり切らなかったらしいお母さんが、
勢いのまま私を抱きかかえ、沢田家へ突撃したのだ。
いやまあ、嬉しかったのはわかるけど。
この頃、と言うか私が記憶している限りでは、彼女が他のお母さん方と交流しているのを見たことが無い。
どうやら彼女は恥ずかしさが勝って他のお母さん方に話し掛けられないらしい。
そんなお母さんが奈々さんとお友達になれているのは、
奈々さんが積極的にお母さんのことを気に掛けてくれているから。
それは大変ありがたい事なのだが、お母さんのコミュニケーション能力が少し心配である。
だから、お母さんがインターホンを押し、出てきたのがいかにも工事場のオッサン風なおじさんだったとき、
思わず私は彼女の様子を伺った。・・・・案の定、少々固まり気味だった。
・・・ファイトだ、お母さん!
「あ・・あの・・・な、奈々さん、はいらっしゃいます、か?」
「あー・・・家内の知り合いですか?すみませんねえ、いまあいつ、買い物に・・・お」
「う?」
家光さん(仮)の視線を追うように通りに目を走らせると、奈々さんが大急ぎで走ってくる所だった。
「・・・・! 奈々さん!」
「恵里奈さん?!急にどうしたの?・・あら、あなたまで!」
「おう!奈々の知り合いか?」
「お母さん友達なの。 恵里奈さん、ちゃんに何かあったの?」
「・・・あ!そ、そうなの! ちゃん、さっきハイハイして、それで」
「本当!?遂に出来たのね!! ねえ、見せて貰ってもいいかしら?」
「もちろん!」
奈々さんを見た途端、ぱあっと顔を輝かせたお母さん。
家の中へ案内される時も終始嬉しそうにしていて、家光さん(仮)にも
「いつも奈々からちゃんの話を聞いてますよ。可愛いお嬢さんですね」
と褒められて、びっくりしながらもお礼を言っていたので、うまく打ち解けられているのではないだろうか。
・・・実際の私はこんな思考回路だから、可愛いなんて似合わないとは思うけど、
お母さんが嬉しそうにしてるから、まあいいか。
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