白いダリアと蒼い薔薇 宙 3
茂みの中から出て来たのは、ソロモンだった。それに少し遅れてヴァン。
何でここに?!と混乱しかけたところで思い出したけど、
そういえば私、二人に何も言わずに寄り道しちゃったんだ。
心なしかソロモンの顔も少し険しいような。
あ〜、怒ってるかな、やっぱり。
「あの、す「さん!!!」
・・・・・”すみません”ぐらい、言わせろよ。
人がせっかく謝ってるのに!と拳を思わず握り締めてしまった。
しかしその手を更に握りこまれて流石にびっくりした。
見るとソロモンの顔は何時に無く真剣で、どうやら怒っているわけではないようだ。
じゃあ何だ、と今度は沈黙を続ける彼の様子を伺う。
するとソロモンは目を逸らし、誰にも聞こえないくらい小さくポツリと呟いた・・・が、
私には聞こえた。
「―――――歌が、」
歌? というと、さっきソラの歌った歌のことだろうか。
しばらく思考をめぐらせてから、はたと気がついた。
あの歌は、普通の人が聞くことの無い、知っているはずの無い歌・・・ディーヴァの歌なのだ。
そんな歌のメロディーが流れてきては、ソロモン的にかなり焦るのも無理は無い。
「ええと、歌は、ソラが・・・」
「ソラ? それは一体・・・この子ですか?」
ソロモンは私に言われて初めて気がついたようだった。
しかしヴァンの行動は違い、すたすたとソラに近づいていくと、ソラが立ち上がる前にその腕を掴んでいた。
「ぃたっ・・・!」
「32番! また君なのか・・・全く、こんな時に」
「ヴァン、この子はもしかして地下の・・・」
「そうです。ここに来たときから度々脱走してまして・・・この頃は収まったと思っていたのですが」
ヴァンはため息をつくと携帯を取り出し、何処かへ掛ける。部下に連れて行かせるようだ。
暫くの後、電話を切るピッという音が聞こえた。おそらくあと数分で、ソラはあの暗い地下に連れ戻されるのだろう。
このまま別れてしまうのはなんだか納得がいかない。
そして、花畑で摘んだ花をまだ地面に置いたままな事に気づいた。
青いコスモス。
まだ幼いソラにはそれが似合うような気がして、一本抜き取ってヴァンの元に急いだ。
ソラはまだ腕を掴まれたままで、身長差のために片足は浮き、苦しそうだった。
「あの! ヴァンさん、ちょっと・・・いいですか?」
「なんです?」
「えっと、あの、ソラが行っちゃうまで、二人でお話させてもらえませんか?」
「まあ、いいですが・・・逃がさないで下さいよ?また捕まえるのが面倒なんですから」
「はい、分かりました、有難うございます! ソラ、行こう?」
ソラの手をとって少し離れた木陰の傍に連れて行き、二人でしゃがみ込んだ。
ここならヴァンには会話は聞こえまい。しかし・・・ソロモンには聞こえてしまうだろう。
ソラを死なせたくない。
きっとこのあと遅かれ早かれ小夜達、赤い盾が到着し、
ディーヴァの歌のせいで実験体の子供達は・・・・・哀れな末路を辿るだろう。
それはいやだ。ソラが、ソラがあんなことになるのは。
本当は、子供達皆を助けたい。でも、多分私一人では無理だ。
たった一人でいい。翼手化させずに赤い盾に保護してもらえば・・・
「ソラ。あのね、私、お願いがあるの!」
「・・・おねがい?」
「そう。さっきの歌のことなんだけど・・・今日から、聴かないようにできる?」
「え、なんで?すごくきれいなうただよ?」
「うん、私もそう思う!だけど・・・だけど、なんだか、嫌な予感がするから・・・お願い!
もしも私の思い過ごしだったら、大人の人に頼んでまたここに散歩に来よう?
そうしたら、ソラの歌をもう一度ちゃんと聴きたいな。・・・だめ?」
「・・・ほんとにおねえちゃんと、ここにこれるの?!おとなのひと、おこったりしない?」
「私がついてるから、大丈夫だよきっと。 あ、そうだこれ」
ヴァンの部下達がやって来たようだった。
急かす様なヴァンの目線を受けて、慌てて青いコスモスをソラに差し出す。
「くれるの?ありがとう!」
「32番! 時間ですよ」
満面の笑みで花を受け取ったソラはヴァンに呼ばれ、走っていってしまった。
そのまま部下の人に引き渡され、歩いていく。
しばらく見送っていたらぽん、と肩に手を置かれ、振り向くとソロモンが微笑んでいた。
「・・・僕達もあと少し、施設を回ったら帰りましょう。もう少しで昼が過ぎてしまいます」
「え・・・あ、そういえばお腹空いたかも」
思えば朝から歩き通しの上に大分走ったし、いつの間にかお腹がすいていた。
あの後地下に連れ戻されたソラにはやはり、質素な食事しか出されないのだろうか。
ヴァンと共に歩き出そうとするソロモン。とりあえずその背中に、呼びかけてみた。
「あの、あの、ソロモン・・・さん?」
「はい?」
「ソ、ソラのことなんですけど、あの、食事がちょっとしか出ないって言ってて。
すごく痩せてたんです!だから・・その、もうちょっと食事を多めに出してあげられませんか?」
駄目で元々。必死で見つめ続けていたら、
ちょっと驚いたような顔をしていたソロモンが、 ふ、と微笑んだ。
同時に、昼過ぎの陽光が、金色の髪に透ける。
きれいな金髪・・・これが現実だなんて、ほんと信じられない。
いいですよ、と変わらぬ微笑をくれたソロモンに感謝しつつ、本心は悟られなくていい、とも思った。
「・・・あの歌を、貴女が歌ったのかと思って、吃驚してしまいました」
帰り道、何の前触れも無くそう言われて、思い切り反応が遅れた。
「・・・・・え、ソラの歌ですか?そんな、私なんかじゃ絶対無理ですよ。
でも、・・・気持ち良かったなあ」
本当に彼の歌は心地よかった。
目を閉じて、陽射しがぽかぽか体を温めて、歌が意識の深いところまで染み込んでいって・・・
途中までしか聞けなかったのが本当に残念だった。
もしもソラが翼手化せずに済んだら・・いや、絶対させないけど、
今度こそ最後まで聞かせてもらおう。
「・・・僕も耳にしましたが、本当に素晴らしかった。 ・・・また、聞きたいですね」
「そうですね!」
ソロモンも、私も、優しく微笑んだ。
私、うまく笑えてるかな。不安を見せないように笑うのって、すごく難しい。
でも、ソロモンの微笑みはとっても自然に見える。
(・・・だけど、)
彼は知っているはずだ。「実験体」の末路を。
その上であんなに限りなく自然に、笑える、なんて。
―――――――――――――ちょっとだけ、ソロモンのことが・・・怖くなった。
-- + ----------------------------------
Back Next