白いダリアと蒼い薔薇 波 7












ディーヴァとがある角に差し掛かった時。

角の向こうから、男性二人の話し声が聞こえてきた。

十中八九赤い盾の構成員で、声の調子から、それほど急いではいないらしい。即ち、ディーヴァの居場所が今のところは知られていないと言うことだ。

折角追っ手を撒けているというのにのこのこと出て行くのはあまりにも軽率に思えて、は立ち止まる。

の足が止まったのを感じたディーヴァも、角の手前で立ち止まった。

二人が静かに聴いているとも知らず、構成員二人は気楽にお喋りを楽しんでいた。



「……なあ、本当か?侵入者の一人は人間の女の子だって……」

「ああ。何故かディーヴァが傍に置いているらしい。ジョエル長官は「生かして捕まえろ」と言うが……」

「冗談じゃねえ!人間の癖に何考えてんだ。狂ってやがるのか?」

「まあ、ある意味人間で助かった。俺見たんだ。撃たれた時ディーヴァは女の子を庇ってた。その隙を突けばいけるかもしれない」

「そりゃあ名案だ!いいか、まず人間の方を撃てばいい。それにディーヴァが近寄った所をズドン!とな」

「おいおい、そりゃ命令違反だぜ……気持ちは分かるがな」

「だろ!?」



『人間の癖に』やら『狂ってる』やらの発言を必死にスルーしようと努めていたは、思いもよらぬ話の展開に、心の中で叫ぶしかなかった。


……おいおい何が「だろ!?」だよ!私完全にお荷物な的だよ!死亡フラグの剣山出来上がっちゃってるよ!?


そりゃあ彼等が言う通り、私は人間だ。紙防御だ。盾にすらなれない。

だからと言って、敵側に……いるとしても、撃たれたい訳が無い!

ジョエルさんも命令はしっかり部下に言い聞かせてくれないと、私の命が今まさに暴風雨中の灯火状態なんですけど……!



「……サヤ姉さまは、こんな人たちといて何が楽しいのかしら」

「えっ?」


不意にぽつりと呟いたディーヴァを見ると、すたすた歩き出し角を曲がろうとしていた。心なしか纏う雰囲気が刺々しい。

しかしこのまま突っ込んでしまっては蜂の巣ルートへまっしぐらである。

そしてもし回避した場合は……実際こちらになる確率が高いだろうが、角の先にいる構成員達が一方的にBADENDを迎えてしまう。

発言はともかく、実際には何もしていない人をディーヴァが倒すという図だけは、せめて実現させたくない。

思わずディーヴァのケープの端を摘み、小声で引き止めていた。


「でぃ、ディーヴァ待って待って!行かないで!」

「どうして?このままだとが撃たれちゃうわ。さっさと片付けないと」

「でも、まだ撃たれてないし……まだ」

「もう……じゃあどうするのよ?」


苦しすぎる言い訳で何とか言い募ると、ようやくこちらに向き直ったディーヴァが腰に手を当て、不満げに頬を膨らませた。

ディーヴァがどの程度話を聞いてくれるかはわからないが、敵意が無い相手を倒してしまうわけにはいかないのだ。

……この際、作戦の質には眼をつぶろうじゃないか。


「それなんだけど。私、ディーヴァの素早さを信じてるからね!?」

「……?」







+++






「なあおい。今、向こうの角で話し声がしなかったか?若い女みたいな……」

「ば、馬鹿言え。こ、こここんな奥まで来てるはずが、」

「……すみませーん」

「「うわあ!?」」


通路の角からひょっこりと顔を出して呼びかけると、こちらに背を向けていた二人は勢いよく振り返り、目に見えて飛び上がった。

でっぷり貫禄のある赤毛の男性と、がっしりした体格の銀髪の男性だ。便宜上、くまさんとおおかみさん、と呼ぶことにする。


「あの、赤い盾の方ですよね……」

「て、てめえ!何のつもりだ!ディーヴァはどこだ!」


くまさんが騒々しい音をたてながら、こちらに銃口を向ける。彼はおおかみさんと違って短気で荒々しいと見た!

すぐに撃たれるのではないかと、頭を引っ込めたいのをなんとか我慢して、両手を挙げつつ角から通路に姿を現した。


「その……私は何もしないので、どうか武器を全て床に置いてくれませんか?」

「あ……ああ(おいどうする?見たところ素手のようだが)

「じょ、嬢ちゃん一人なのか……?(構うこたねえ!支給されたナイフでやっちまおうぜ!)

「ディーヴァは……向こうに行っちゃってて」


案外素直に手に持った銃器を床へ置いてくれた二人だったが、残念ながら小声でこそこそ言い合っている会話が、静かなせいでバッチリ聞き取れてしまっている。

くまさんは確かさっきも私を撃つとか何とか言っていた筈だ。

……銃がなくなったらナイフとかどういうことなのやめてやめてそれきっと痛いから!


「そうか……(早まるな!だがしかし、こうしていてもディーヴァが襲ってこないのも事実だ……)

「ホラ、俺らここに銃置いたから、な?ディーヴァの居場所を教えてくんねーかなあ〜(迷ってる場合か!)

「……一つ、お願いを聞いてくれたら、教えます……」


くまさんのナイフ発言にビビりつつ、「私は無害です!タスケテ!」とアピールするかのように、震え声で二人を見つめた。

次の私の発言を聞き入れるかどうかで、彼らの運命が決まると言っても過言ではない。

私の思いつめた表情に、おおかみさんは少し疑問を感じたようだった。


「お願い……だと?(ここは様子を見た方が)

「OKOK、聞いてあげようじゃないか。で?何が欲しいんだ?(「お願い」に答えた瞬間だ……流石に油断するだろう)

「その場で、……」

「?」
「?」





三回回ってニャンと鳴いてください!

「……」
「……」





大真面目に声を張り上げた私と対照的に、まったくもって予想外の「お願い」を聞いたであろう二人は数秒ぽかんと固まった後、それぞれ違う反応を見せた。


「……は?」

「はあ?ふざけるのも大概にしろ!」


ただただ困惑するおおかみさんに、ある意味予想を裏切らずナイフを取り出すくまさん。

このくまさんの反応は……やばい!くまさんが!


「ひいっやっぱりまだ持ってたぁ……!」

「お、おい!」


後退りする私に詰め寄るくまさんをおおかみさんが引きとめようとしてくれているが、我を忘れたくまさんは聞いていない。

それどころか私のケープの胸元をコサージュごと鷲掴み、吊り上げる勢いで引っ張って凄む。

頬っぺた付近にぺちぺち当てられるナイフは近過ぎて輪郭が分からないぐらいだ。

その冷たさが以前シフのギーに脅された時の温度と似ているのを思い出してしまい、全身がすくんで声が裏返った。


「おふざけは仕舞いだ、嬢ちゃん。ちょっと大人しく切られろや……」

「いいっ、嫌です嫌です!もうほんと、ニャンとか鳴かなくていいんで、一回だけ回って下さい!お願いします!」


相当イラつかせてしまったのか、くまさんの台詞はすっかり悪役のそれと化している。……私の発言もなかなかにアレだが。

しかし私は、どうしても二人にその場でぐるりと回って欲しかったのだ。

何故なら今、私の視線の先……即ち彼らの背後には、


「何?……っ!?お、おおっお前、み、見ろ、後ろ……!!」

「ああ?何だってん……だ…………!?」

「あら?みつかっちゃった!」

「「!?!?」」


……ディーヴァがにっこり笑顔でこちらを見守っているのだから。






今のうちに言い訳しておこう。

名付けて『三回回ってニャンと鳴け』作戦!ネーミングセンス・中身共に残念である!

これは相手の戦意の有無を知るためのもので、人間である私が一人で現れ武装解除を申し出るところから始まる。

そして「三回回って……」とお願いした時点で実は、ディーヴァが一瞬で相手の背後に降り立っているのだが、

素直に武器を手放した上、一回でも回ってくれたら武器を壊して終わり。

武器を置いてくれなかったり話を聞かずに私に襲い掛かれば、問答無用でディーヴァが戦闘不能にしてしまう、だまし討ちの様な仕組みになっている。

くるりと回ることで背後にディーヴァがいることに気付く訳だから、もしその時戦意があってもあまりの至近距離に萎えてくれないかな……という希望的観測も込みである。

初回である今回はまさにその通りに相手が萎えてくれたのだが、いかんせん、その状況がなんともグレーゾーンと言うか……結論から言うとディーヴァ的にアウトだった。









「「がふッ」」


くまさんとおおかみさんが同時に通路の左右の壁に叩き付けられ、そのままずるりと力無く落ちる。

先程まで無謀にもナイフと素手で翼手の女王に挑んでいた彼らの身体はもうボロボロだ。


……私はその間何をしてたかって?

ナイフを至近距離でちらつかされて胸座掴み上げられた衝撃で床にへたり込んでましたとも、ええ。

この作戦、私が精神的に物凄く疲れるということが判明した。




ディーヴァはまずくまさんの顔を覗き込み、無表情で問いかけた。


「あの子……リクはどこ?」

「ば、化け物なんかに、言うかよ……ぐっがああああ!?」

「じゃあやっぱり殺しちゃおうっと!」


気丈にも口を噤む彼の腹に、ディーヴァの蹴りが叩き込まれる。

何が楽しいのか今度は無邪気に笑い出した彼女。

何気なく言われた「殺す」の単語に、慌てて立ち上がった。


「待ってってばディーヴァ!もう持ってた武器は全部壊したんだし、殺すことないよ!」

「私が嫌なの。えいっ」

「うぐッ……」

「ディーヴァってばぁ……」

「えーい」

「あがぁ!?」


清々しい笑顔でデコピンしたり天井に打ち付けたりするディーヴァの瞳は薄暗い通路で鈍く輝いているように見えた。

けれど、甲板で感じたような美しさは無い。こんな場所で見るからだろうか?


「……ねえ、そんなおじさんよりリクを探しに行こう?私、早くみんなでゲームしたいよ……」

「…………ゲーム……そうね!そっちの方が楽しそう!」


何とかしてディーヴァの興味を逸らしたくて、無理矢理リクの話題を出した。

思ったよりあっさり心変わりしてくれたので内心胸を撫で下ろしたが、こんな気まぐれで大怪我を負った彼らはちょっと可哀想。

……と思ったかもしれない。あくまでナイフとか持ち出されてなかったらの話だ。

それでも私を殺す気は無かったようなので、何とか生き残ってくれて本当に良かった……


「うん……! あ、おじさんたち、今度は三回回ってくださいね?ニャンは別に……どっちでもいいです」

ー!早く早く!」

「待って、ディーヴァ走らないで早い早い!」




その後入り組んだ通路のいたるところから

「ぎゃああ!?」

「うわああああっ!」

ニャアアアア!!!

等の叫び声が聞こえたとか聞こえなかったとか。

……まさか……本当に鳴く人がいたとは……とりあえず自分の作戦を一番後悔した瞬間だった、と記しておく。

いい年したおじさんの……猫まね……















「俺達、は……助け、られたの……か」


ある通路の傍らで、黒服の男がぽつりと呟いた。

に「おおかみさん」と称された男である。

傍らの「くまさん」と称された男より明らかに軽傷ではあったが、重傷のはずの相方の方が拳を壁に打ち付ける気力が残っていて、密かに感心した。


「ちくしょ……だからって、大人しく言いなりに……なって、たまるかってんだ!」

「ああそうだ。だが少なくとも女の子の方は、ディーヴァを諌めようとしていた。死にたくない奴等はこれで、助かるかもしれん」


悔しさを滲ませる仲間の声を聞きながら、つい数分前に邂逅した人間の少女の姿を思い出す。

言い出す言葉は突飛だったし、非常に理解に苦しむことに完全にディーヴァ側の人間ではあった。

けれど彼女のディーヴァを見る目は、翼手の女王に服従する者のそれではなく、ともすれば見守るような温かさがあった。

その温かさにあえて乗るだけの価値を、ディーヴァは見出しているということだろうか。


「助かるって……まさかあの「三回回る」とかいう、アレでか!?冗談だろ?」

「いや……今ここにある命でふと思ったんだが、俺は赤い盾に骨を埋める覚悟でここまできた。

 けど、大事なのは死んでもいい、っていう「覚悟」であって、死んだ、っていう「結果」じゃない。

 まだやるべきことがあるなら、何が何でも生き残ってそこへ向かうべきなんじゃないか……ってな」

「やるべきこと?ディーヴァとそのシュヴァリエ達を殲滅するんだろ」

「違う。サヤとリク・ミヤグスクをディーヴァ達から守りきることだ。それができなければ、意味が無いんだ」

「…………」


彼女が自分達を見殺しにしなかったのは、ただ単に殺人に対する罪悪感や拒絶反応があったからだろう。

当然だ。人殺しはいけないことだと、誰でも知っている。

重要なのはそこではない。彼女は咄嗟に言っただけだろうが、本来の目的を問う言葉が、妙に自分の心を揺らした。

何故自分達がディーヴァに向かっていったのか。その理由を曲解していたことに気付いたのだ。

確かにディーヴァは殲滅しなければならない。恨みもある。

だからと言って欲望に身を任せてしまっては、組織に属している意味が無いではないか。


「……さあ、もう歩けるか?長官へ報告を入れるぞ」

「……ああ」











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