白いダリアと蒼い薔薇 波 6
ドッガン!!と響き渡った轟音に、うつらうつらしかけていたの心臓がびょんっと跳ねた。
眠気は一気に覚め、口からは変な叫びが飛び出す。
「えぁっ!?」
「私に掴まっててね」
言われずとも!
一気に下がる高度に押されるようにしがみついて目をつぶる。
不意に身体が抱きかかえられたかと思えば、数秒経たないうちに周りの風は止み、そっと目を開けるとそこはもう、船の甲板だった。
とは言っても、もうもうと立ち上る煙の中なのでその他のことは判断できないのだが。
きょろきょろと見渡していると甲板に下ろされ、少しふらつく足をなんとか踏みしめる。
傍に立つディーヴァの横顔を窺えば、蒼く光っているように見えるその瞳が橙の夕空と相まって美しく、思わず見つめてしまった。
「ふふ、楽しみね」
「え、あっ、うん」
余程注目してしまっていたのか、目線だけでこちらを向いたディーヴァが笑むので少々驚く。
慌てて視線をずらすと、数歩前に進み出ているカールの方がなんとも嬉しそうな笑みを浮かべているのが見えた。
きっとこの後赤い盾の皆さんを嬉々として殺しに行くんだろうな、と想像するとどうしても、ちくりと胸が痛む。
……殺し、殺され、血の海に死体。見たくないものが多過ぎる。
今のディーヴァはリクを殺すのではなく連れ帰るためにここへ来たのだから、カールさえ落ち着いてくれたら無駄な被害は出ないだろう。
その「カールさえ」というのが一番面倒な気がする……が、できるだけのことはしておきたい。
カールが小夜と会えるってのでレッツダンス!テンションなのはわかる。だけど最低限、言いたいこともある!
「カール!聞いて!攻撃するのは撃ってきた人だけにしてっ!」
「指図するな小娘!こんなにも心躍る舞台なのだ……存分に楽しませてもらうぞ!」
数歩駆け寄って妥協案を叫ばせてもらったのだが、見事に一蹴されてしまった。なかなかに迫力のある一睨み付だ。いらない。
しかしこの提案を聞き入れないとなると、彼は一方的な虐殺を行うと宣言しているようなものである。
だいたい、今現在指図外の行動をしているカールが「指図するな」とはどういうことなのか……
言外に立場の違いを突きつけられたようで、徐々に苛立ちが募っていく。
「うわあ……うわあ……もう!そもそも独断行動なの忘れたの?シュヴァリエならディーヴァを守ろうよ!」
「……うるさい!」
立場は違っても、ディーヴァに従って行動している点では同じはず。
そう思って訴えかけても、カールをほんの少し怯ませて終わってしまった。
うう、どうしてシュヴァリエの皆さんは、こうも人の話を真面目に聞いてくれないのか……それとも私の説得スキルの未熟さ故か。
それ以上言うべき言葉が出て来ず、うぐぐと押し黙ったタイミングで煙が晴れた。
はっとして振り返るとそこには……
黒服の皆様方が、険しい表情とものごっつい銃器を構えて私達を出待ちしていらっしゃいました……
「……!?」
「……!?」
彼らはカールのあまりのファントム具合に大層驚いたと思うのだが、私だって驚いた。
イメージしていた拳銃とは違う、機関銃……というものなのかもしれない。
ずらりと構えられるあれらの的になったら、私の身体は一秒だってもたないだろう。言葉通り、蜂の巣というやつだ。
カイの銃弾が掠っただけであんなに痛くて苦しくて辛かったのに、今度は体中に、一度にどれだけの弾が……
その想像図を必死で脳裏から引っぺがしつつ、野生のクマの群れに出遭ったお嬢さんよろしく後退りでディーヴァの傍まで戻る。
そそくさと背に隠れるまでのその動きを指してか「ったらおもしろーい」と場に似合わない笑いを漏らす彼女の姿に、ようやく黒服たちの硬直が解けた。
「う……うう、動くなあっ!」
それはこっちの台詞だ!とぼやきたかったが、銃器を向けられていては何も出来ない。
しかもこの「動くな」は「今から撃つから動くな」の意で発せられている気がしてならないのだが、このまま硬直していて大丈夫だろうか。
「な、まさかディーヴァとシュヴァリエが……っぎゃああ!!」
「我々の末弟……リクとやらはどこにいる?案内してもらおうか」
何だかんだと考えているうちに、カールはとうとう痺れを切らしたようだった。
一瞬で黒服の一人の眼前まで迫り、その頭を掴み上げる。
浮いた両足が痛みからか前後にもがくが、カールには届かない。
「ぐ……ああ……クソが……ッ!」
「くっ、そいつを放せ!」
タタタ……
軽いような鈍いような音が数秒間響いて、掴まれた黒服と周りの黒服たちの構える銃器から火花が散る。
飛び出した凶器がめり込んでいったのは、カールの腹だった。
にたり。カールの口が実に愉快そうに笑むのが見えた。
「あーあーやっちゃった……」
「く……くくく…………ははははは!!見ろ、……撃ってきたな?」
黒服さんの頭を掴んだまま高笑いし、くるりとこちらを振り返って問うカール。
当然の如く、腹の銃弾の影響など無い。
と言うか、現在シュウシュウ音を立てながらポロポロ零れてカランカラン落ちていっているのはまさかさっきの弾だろうか。
なんという漫画やアニメや映画の世界!と思ったけれど、……そう言えばアニメでしたね!
「そりゃあんな脅せば、」
「ここはお前が言うとおり、撃ってきた奴から始末するべきなのだろう。
……しかし困った。奴等は揃いも揃って似通った姿形をしている。これでは、どいつがどいつか判断できんなぁ」
「なんというド近眼」
「で?知っているのか、いないのか?」
私のツッコミを総スルーしたカールは黒服の頭を揺らし、再度問いかける。
けれど団結力の強い彼らのこと、知っているに違いないが、言う筈がなかった。
「あ、ああ……こんな、野郎に……ッ」
「……実に残念だ」
「!!」
ぐしゃっ。
嫌な予感がして咄嗟にディーヴァの背の方に眼を背けたけれど、何かが砕けるような音はシャットアウトできなかったし、床に飛び散ってきた血は視界に入ってしまった。
この音は、血はきっと……きっと、
「こちらから探すしかないようだな。まあどちらにせよ船の上。逃げ出すことはできまい」
「――」
「では……そこをどいてもらおうか!」
「うわあああ!」
「ぐふっ」
「ギャアッ」
『先に撃ってきたなら反撃していい』なんて、それこそおかしなことを言ってしまったのではないか?
カールは私の言葉なんて全く聞き入れていないとはわかっていたが、それでも彼の行動の後押しをしてしまった気がして、取り返しのつかない事態に戸惑ってしまう。
ディーヴァに「私達はこっちから探しに行きましょう」と手を取られ引っ張られて船内を歩き出しても、過ぎ行く風景は全く頭に入ってこなかった。
行く手を阻む隔壁を二つ三つ破壊しながら進むディーヴァに連れられて、赤い照明の灯る暗い通路を歩く。
いつ黒服の方々が飛び出してくるかわからずビクビクすると違い、ディーヴァは奥へ奥へと軽やかに歩いていくので、は若干遅れ気味である。
すると、先を行くディーヴァが立ち止まりこちらを手招きしてくる。
ああ、こちらを待っていてくれたんだ、と油断して駆け寄ったに対してディーヴァは笑顔で天井付近のある一角を指し示した。
「あ!……見て見て、私これ知ってるわ。監視カメラ、っていうのよね」
「うぇっ!?や、やめようよそんなことしたらこの場所がバレちゃうよ!」
なんて事を!と焦るの様子など意に介さず、なんとレンズに向かってにっこり微笑んで手を振りはじめたディーヴァ。
それだけでも肝が氷結するというのに、の制止に対するディーヴァの返答と、同時に背後から投げかけられた声のコンボをくらって、は全身が凍った。
「だってもうバレちゃってるもの」
「いたぞ!ディーヴァだ!」
「構えろ!」
「いぎゃあああ!?嫌あああ!!」
さっきよりご大層な武器がちらほら見えるとか幻覚だ!
長い通路の途中で逃げ道が無いなんて思い込みだ!
ついでに進行方向からも応援の皆さんが駆けつけて現れたとか妄想だ!!
「怯むな、撃て!」なーんて、私の幻聴ですよね!いやー困ったなあHAHAHA、などと現実逃避を始めそうなだったが、急にディーヴァに引き寄せられ抱えられ、目を瞬かせる。
「?、ディー……」
「、ほら、たかいたかーい」
「うわああ!?」
彼女は一体何を言い出すんだ、と思う間も無く上方に放り投げられ、迫る天井に悲鳴をあげる。
と同時に背中の下で響く銃声を掻き消すかのように、ごうっと突風が巻き起こった。
「??……って落ち、わ!」
「ふう。ナイスキャッチね!」
重力に従って落ちるを受け止めたディーヴァは、実に晴れやかな表情をしていた。
床に下ろしてもらってから恐る恐る通路の端を窺うと、片一方、多分歩いて来た方向の通路に、黒服集団が折り重なるようにして倒れているではないか。
なかなかの距離があるうえに暗いので判別しにくいが、一応呻いたり転がったりしているようなので生きている、と信じることにした。
「な、何したの……?」
「ん?あっちに行って、背中をとんって押しただけよ」
「へ、へえー……」
こちらから聞いておいて何だが、あっち――進行方向――しかわからなかった。
銃声は聞こえたから、絶対に何かが撃たれた筈なのだが……ディーヴァも無傷のようだし、深く追求するのはやめておく。
因みにはすっかり忘れていたが、一部始終はしっかり監視カメラの映像に収められており、
それによると一斉射撃が行われ、が高い高いをされている間にディーヴァは進行方向側にいた黒服達の背後にまわっていたらしい。
更に彼らを反対側の黒服達へと渾身の力で突き飛ばし、自身は元の場所に戻って落ちるを受け止めていた。
……という分析結果が、後にスロー再生からやっとのことで導き出された真実である。
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