白いダリアと蒼い薔薇 波 5












大きな風の音にが目覚めると、覆い被さったディーヴァがカールと何やら楽しそうに話す声が耳元で聞こえた。

先程と大きく違うのはディーヴァの髪が綺麗にセットされていることと、その向こうに広がる夕焼けと、加えて合わさった胸元でガサガサと鳴る音。

視線をそちらに向けると、透明な袋の端と薄桃色のリボンがひらひら見え隠れした。


「あっ、おはよう、!ふふ、まだ眠そうね?」

「んん……おはよ……?何これ……」

「クッキー!貰ったの。の分よ」


身動ぎに気付いたディーヴァが少し身体を起こし、気を失う前と同様に微笑む。

袋の中身はクッキーらしい。もう夕方のようだし、どこかで買ったのだろうか。

寝ぼけ眼のまま言葉を交わしているうちにふと現在地が気になったは、ちらりと後ろ……即ち下方を見やって思わず身体を大きく跳ねさせた。


「ありがとう……?…………あ、え!?と、飛んでる?ここどこ!?」

『おい小娘。上で騒ぐな!うるさいぞ』


やっとのことで我に返ったが目にしたのは、遥か下に広がる街の風景だった。緑が多いその光景は、が見たことのない街だ。

背中の方から響くカールの叱責だって耳に入らない。

ディーヴァ、、カールの順で上からサンドイッチ状態になって飛んでいるのは何となく理解したが、一体どれだけの距離を進んできたのだろう……


「私、あの子を迎えに行くのよ」

「あの子……り、リクのこと?」


わかりきっていたことだったが質問する。

でももし、「弱い子はいらない」なんて言われたら、どうしよう……

そんな不安を拭い去るように、問われたディーヴァはにっこり笑った。


「ええ!帰ったら、沢山遊びましょうね!」

「うん……楽しみだね!」



リクを連れて帰る、を前提としていることに色々思うところはある。

けれど、ディーヴァがリクを殺そうとしていない。それだけで、ものすごく嬉しくなった。

こうなってしまっては、最早襲撃は避けられないだろう。

それなら後自分に出来るのは、可能な限り事態を穏便に穏便に、輪をかけて平和な方へ誘導することだけだ。


リクにこちら側へ来てもらう。


目的をその一点のみに絞ればいい。

でなければ私は何のためにここにいるんだ?リクをシュヴァリエにした真の張本人が最後まで頑張らなくてどうする。

……その他の余計な事まで考えているようじゃ、私は失敗してしまうだろう。

一度に多くを考えて実行するだなんて、単純な私には向いていない。



『ふん、聞けば新たなシュヴァリエはただの餓鬼だと言うではないか。ディーヴァに相応しいか私が見定めてやろう』

「みっ、見定めるならゲームでやったらどうですか……!」

『……ゲーム、だと?』


カールの言う「見定める」がどうしても不穏なものに聞こえてしまって、慌てて口から飛び出した単語に、カールが食いつく。

けれど、きっと彼の思い浮かべたイメージと私の言ったそれの間には大きな違いがあると思われる。

何故ならそのゲームというのは……


「そうなの!とリクがね、テレビゲームを教えてくれるの!ええと……マリ、何だったかしら」

「マリ○カートだけど、本当にいいの?普通のカーレースより悲惨な展開になると思うよ……?楽しいけど」

「大丈夫よ!私、アンシェルにはゲームで本当に勝てたことがないの。今度こそ、「参りました」って言わせてあげるんだから!」

「そ、そうなんだ……」


まさかの、テレビゲームなのである。



一、二週間程前に安静状態にあったある日、ジェイムズを伴って寝室にやって来たディーヴァに対して、

出来るだけリクの印象を上げておこうと奮闘した結果がこれだ。

彼女は余程娯楽に飢えていたようで、車を運転してみたいという若干的外れな興味を引き、リクも交えてプレイしようという話になっていた。


因みにこの世界に○リオカートがあるのかという疑問に関しては……

既に退屈を理由にソロモンに借りたパソコンで色々と調べていたので、その点は何ら問題は無かった。

ただし、その時無理を押した自分に対してソロモンの「10分間だけって言いましたよね?」オーラに晒され続けたので、30分しか使えなかったのが心残りではある。



『その勝負、受けた!このカールが誠心誠意、ディーヴァをお守りいたします!!』

「ありがとう!」

「ええー!まさかの協力プレイ!?ずるい!」

『な!?ずるくなどない!当然のことだ!』


……そして今ここに、もう一人のプレイヤーが釣れてしまった。ちょろい。

そろそろ人数的に画面一つで対戦するのがキツくなってきたかもしれない。が、参加者が多ければ多いほど、リクも楽しめると私は信じている!


「と言うかそれって、カールはアンシェル、さんに敵対することにならない?怒られそう」

「あはは!カールかわいそー」

『ぐっ……ではどうしろと言うのだ』


無表情でコントローラーを握るアンシェルの恐ろしくもシュールな図を思い浮かべつつ、もっともな疑問をぶつけてみる。

敵対関係の図を全く考慮に入れていなかったらしいカールは言葉につまってしまったが、普通に尋常に勝負する気は無いのだろうか……


「うーん……カールは応援係になって、敵対とかそういうことを気にしないメンバーでプレイすべきかと」

「それって誰のこと?」

「……ネイサンとか?」

『何だと……』


そんなにショックを受けるぐらいなら、たかがゲームと割り切って楽しんでしまえばいいものを、なかなかそうはいかないのが性なのだろう。

それはそれで彼らしい、と背中合わせの騎士を応援すべくゲームの概要などを話しているうちに時間は過ぎ、三人は港街へ到着した。









「……これでいいだろう。足りないなら言え」

「あ……ありがとうございます!多分物凄く十分だと思います!!」


港街……マルセイユに降り立ってが最初にしたのは、靴を買うことだった。

カールの背中から下ろされて始めて気付いたのだが、が履いていた靴は割れたガラス窓の向こう側に落としてきていたらしい。

流石にソックスのまま街を歩かせるわけにもいかなかったようで、適当に入った店でカールが支払ってくれた。


なにせ、着ているもの以外は本当に何も持っていないのだ。

甲にストラップが付いた低めヒールの焦げ茶色パンプスをありがたく履かせてもらったが「クッキーを割れないように持っていてくれませんか?」と頼むと、

流石に面倒になったカールが「自分でどうにかしろ」と現金をくれて、先の会話となる。

カールはと言えば、ディーヴァと二人で出港した赤い盾本部の位置を探るようで、静かなカフェで待っているらしい。カールを接客する店員さん、ドンマイ。

……つまり、私はやっとこさ休憩タイムを得たのだ!やっほう!やっと水が飲めるよ!あとお手洗いにも行けるよ!わーい!!!


ひゃっほーう!とテンションが上がったまま肩に下げるポシェットとペットボトルの水を買いに走ったは気付けなかった。

一人になったこのタイミングなら、電話帳を調べたり何なりして頑張れば、ソロモンに連絡を取れたということに。

残念ながら長時間のフライトで疲労していたは目先の欲にとらわれていたため、あとはもうどうにでもなれだ!と開放感の方が遥かに勝り、何も考えていなかった。









「うーん、にも何かおめかしして欲しいわねぇ」


いろいろとスッキリしてから足早に待ち合わせ場所に向かうと(カールはやはり浮いていたが本人の知るところではない)、

席を立ったディーヴァから「何か物足りない」と言われてしまった。彼女が着せた服のくせに、気分屋さんである。

店を出てからもうんうん唸っているので、私の服のことと言えどディーヴァを思いやったカールが渋々提案を出していた。


「このままでも十分だと思いますが……御揃いにするのであれば、ショールかケープなどはどうでしょう」

「そうね……あ、これ!これを買って頂戴。それにあっちにあったコサージュも」

「かしこまりました」


歩きながらショーウィンドウを指差し、カールが懐からカードを取り出す。完璧に金持ちの布陣だ。できれば遠巻きに眺めたい。

そのうち「ここからここまでお願いね」なんてテンプレを言い出すのではあるまいな、と危機感を抱くも、その布陣に連れられ店内に入るしかなかった。



ベージュの結構しっかりした生地に薄い桃色のオーガンジーを併せたケープに白い花のコサージュ。

確かに蒼薔薇の付いたケープを羽織るディーヴァとおおまかな形は似ているかもしれないが、正直、言われても気付けないぐらいだろう。

それでも満足そうなディーヴァを見てカールも満足そうなので、特にコメントせずにおいた。







「えっ、またこっち向き……なの?」

「そうよ?だって私のだから、ちゃんと持っておかなくちゃね」

「……えっと?」


海辺の目立たない木陰に入ったカールは、ここから飛び立つという。

やれやれ、またサンドイッチか……と気が滅入るに対して、なんとまた向かい合った状態でカールの背中に押し付けられて交わした会話がこれだ。

マルセイユまでのあれはこう、成り行き的な体勢だったわけで……と考えていたからすれば、これがデフォだったの!?と信じられない気持ちである。

それでも今度は長時間でないからいいか、と諦めたのだが、飛び立って数分後には「もっと粘ろうよ過去の自分!」と後悔することになった。








「…………」


海上を飛ぶ今この時になって気付いたが、サンクフレシュ本社からマルセイユまでは半分夢の中だった。

その時と違ってはっきり意識があるからか……酔いそう。仰向けで頭方向から飛ぶって……うっぷ。


が力なく顔を横に向けても、相変わらず見えるのは海ばかり、の筈だったが、もう少し前方には違うものが見えるようだった。


「もう少しよ、

「そ、そう……」


赤い盾の本部にお邪魔する覚悟を決めなければならないというのに、気持ち悪さでそれどころではない。

けれど、どんどん下がる高度は待ったなしだ。

何とか気持ちを落ち着かせようと荒い息を吐く。その頬を、ディーヴァが撫でた。


「……つらいの?じゃあ、歌ってあげる」

「え、」


それってあの、例の眠くなるやつじゃ……

ね……


ねむい……



…………











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おまけ。ディーヴァ(とジェイムズ)にテレビゲームの話題を振る
余談ですが話に出てきたマリ○ーはDダッシュです。

「リクに会えたらいっぱいいっぱい、一緒に遊ぼうね!(一緒に遊ぶなら殺しはしないはず……!)」
「いいわね!何して遊ぶの?」
「えっ?えーと……えーと……て、テレビゲームとか?」
「テレビゲーム?なあに、それ。どんなゲームなの?」
「おい、小娘。ディーヴァに低俗な遊びを吹き込むんじゃない!」
「はあ……でも、皆で対戦とかしたら、楽しそうだなって」
「うるさい!ディーヴァにはそのようなものは必要n」
「皆って、アンシェルとか、カールとかも?どんなゲームなの?」
「どんなって、色々?カーレースとか、格闘とか、冒険とか……」
「車!私、車を運転してみたかったの!やりたいわ!」
「な、ディーヴァ……!」
「うーん……私が知ってるゲームだと、バナナの皮で滑ったり爆弾が投げられたり甲羅投げられたり甲羅に追いかけられたり
 雷が落とされたりバスに跳ね飛ばされたり火の輪くぐりの最中にタックルされて焦げたうえに転落したりするけど、いいの?」
「わぁ!おもしろそう!」
「何だそれは」