白いダリアと蒼い薔薇 波 8
「もう!は怖がりね。それとも疲れちゃったのかしら?」
「…………」
ある日船の中くまさんとおおかみさんに出会ってから、進む先で何人もの構成員達と遭遇した。
向こうはこちらを迎え撃ちたいのだから当然なのだけれど、あまりにも血の気が多い方々が殆どなので、出会い頭に銃撃されることも多々有った。
私の指示通りに武器を置くなんて考えられない人や、至近距離にいる敵に対してチャンスを逃したくない人。
脅されている仲間を見てか示し合わせてか、敵の背後から襲い掛かる人もいた。
そんな時、私は何も出来ない。
ディーヴァがその場から掻き消えて、血飛沫が舞って、壁からだらりと垂れるものを目にするまで動けないし、動いたとしてできることが無いのだ。
私にできるのはそういう結末を迎えたくない人に、可能性を提案することだけ。
でもそれだって、ディーヴァさえいなくなれば全てが終わる、そう信じている人にとってはまるで無意味な提案になってしまう。
ああ……グロい。グロ過ぎて気持ち悪くなってきた……
これ以上、死体の山なんて見たくない。
私のせいであんなふうに捻じ曲がったとか潰されたとか落ちたとか思いたくない。
それでも、誰かのせいにはしたくない。
「き……きもち、わるいぃ……」
「酔っちゃったの?」
そうですとも。ただし船じゃなく、スプラッタでね……
説明すら億劫に感じて、ディーヴァのケープの端を引っ張って訴える。
進めば進むほどに相手方は切羽詰り、こちらは死屍累々を積み上げていく。
ここ何件かは、私が囮として出て行こうとするのを最初からディーヴァに止められたぐらいだ。
その分リクに近付いていると信じたいが……私の精神はもうへとへとなのである。
「んー……じゃ、そろそろ呼んでみましょう?」
「よ、ぶ?」
「きっと応えてくれるわ!」
ぼんやりしたまま鸚鵡返しに聞いても、テンションの上がっているらしいディーヴァからの返答は無い。
仕方が無いので追求は諦め、ひとまず歩くのをやめてくれたことに心の中で感謝しつつ、壁に背を預けて目を瞑った。
ゆっくり溜息を吐いてから目を開けると……
ディーヴァがいなかった。ものの数秒である。
「……あ、あれ?ディーヴァ!?」
入り組んだ薄暗い通路を見回しても、非常時の赤い照明にぼうっと照らされる壁が続くだけ。
まるではじめからこの場に一人で存在していたような感覚に襲われて、思わず身が縮こまった。
「ヤバいよ……ディーヴァどこ……?」
もしこの状態で赤い盾の皆様方に見つかりでもしたら、何もかも絶望的だ。
いかに自分がディーヴァに頼り切っていたかを痛感するが、激しく「今更」な事実に違いない。
こんなことならナイフの一本や十本、抱えておくんだったと涙目になりかけたタイミングで、求めていた声が響いた。
「ー!見て見て!綺麗な色でしょ!」
「!! よ、良かったいた!って、え?その靴……え?」
曲がった通路の角から現れたディーヴァの、その両手。
片方にナイフの束、もう片方にはスニーカーから伸びる靴紐が握られていたのだが、
その蒼いライン入りのスニーカーには、どうにも記憶をくすぐるものがあった。
「さっきね、向こうで見つけたの!いい色よね」
「うん……」
船の中にスニーカーだけが転がってるなんて、そうありえることではない。
オマケに、……何かしらの液体による可愛さ皆無なドット柄だ。
何があったか、なんて考えなくても分かる。ついさっきも目の前で繰り広げられていたのだから。
「本当はね、もっと綺麗なままが良かったんだけど……?」
「あ……ええと……ナイフ、持っとくよ?」
「そう?じゃあ、はい」
スニーカーの出所について考え出すと気分の悪さが輪をかけて酷くなりそうで、慌てて思考を切り替えた。
ディーヴァの手に握られた折畳みナイフは黒服の皆さんの武力解除の名目で奪うことに決めていたものだ。
今まではそこらの通路に捨ててきたが、これからは持っておきたい。
五つあったそれらを受け取ると、手のひらに僅かな血痕が擦れて付く。
……その出所についても、今は深く考えないことにした。
「ぶかぶかー」
邪魔な手荷物が無くなったところで、掴んでいたスニーカーを床に置いたディーヴァは、早速拾得物に足を入れた。
ぽいぽーい、と脱ぎ捨てられたハイヒールパンプスが硬質な音を立てて転がる。
履き心地を確かめるためかその場で飛び跳ねる彼女にとって、それらはもう用済みなのだろう。
その証拠に結構値が張る筈の靴に目もくれず、ディーヴァはそのまま歩き出した。
捨てられた物ではあるけど、ディーヴァの私物だ。また必要になるかもしれないし、回収するか否か。
「ディーヴァこれ、……ああもう、仕方ないなあ……」
数秒迷ってから、踵部分を掴んで持ち上げる。
結局、私の中の勿体無い精神に負けてしまった……。
こんな大変な時に何をのんきな、と笑われそうである。
ディーヴァがあまりにも楽しそうに進んで行くから、こちらまで感覚が引き摺られているのかもしれない。
『今の自分はディーヴァのお供である』と言い聞かせ、『リクを生きたまま連れ帰る』という目的のためだけに行動する自分。
……傍から見ればめっきりおかしなヤツに違いない。
嫌なものは、見ない。現実は、深く考えない。
さもないとうっかり我に返った時に、深みにはまって立ち止まってしまいそうになるだろうから。
あ、ディーヴァったら靴紐結んでない……踏んづけたら危ないなあ……
「んん……なかなか見つからないわねえ」
「……移動してるのかもね」
物憂げな溜息を吐いて、ディーヴァが呟く。
結構な距離を歩いてきたと思うのだが、この船も相当大きいらしい。
いまだに、名も知らぬ構成員の方々以外には誰にも遭遇出来ていなかった。
それはそれで幸運なのかも、と考えていると、不意に少し前を歩くディーヴァの声が響いた。
通路に反響したような、それでいてぼやけたような、……とうとう私は船にも酔ってしまったのかもしれない。
『ねえ、どこにいるの?』
『!?……、』
「……」
『だれ……?』
『……そう。そこなのね』
「…………」
でも、なんだか変だ。
かすかに響いてくるおおわらわな赤い盾の皆さん達の喧騒や、自分の足音には何の変化も無い。
それに、私たちが歩くすぐ先、何十メートルか行った通路の先に、照明の暖かな光がぼんやりと見える。
きっと甲板か外側通路だろうけど、開けた場所に近付いているというのに急に声が反響するなんて、おかしくないか?
あと、もう一つ。
ディーヴァの声に混じって、似ているけれど別の声が、聞こえたような……
「あれ?」
とうとう通路を抜けた。ふわりと照明の下に躍り出たディーヴァは、左右を見渡し、首を傾げている。
潮風が緩く吹き抜ける廊下はまさしく豪華客船のそれで、自分達の服装との違和感がやっと消えたように思う。
実際にはポシェットの中に折りたたみナイフがわんさかと入っている訳で、あくまで外観の印象の話だ。
そう言えばナイフをしまう時にちらっと確認したら、先客のクッキー達は端が少し欠けていて地味にショックを受けた。
これが粉微塵になる前に、今日この日が終わってくれる事を祈る。
「……んー……、ああ、そこにいるのね!」
「え、どこ?」
何も指さない状態でそこ、と言われても何がどこにあるのか話が見えず、今度は私が首を傾げる。
翼手の女王様がそんな私に合わせて話をしてくれるはずも無く、返答も明後日の方向に突き抜けていた。
「あっち!……逃げたってだぁーめ!ふふふっ」
「あっちってどっち……?」
やっぱりディーヴァの言ってることはいまいちわからない。さすが歌姫。フィーリング凄い。
ルンルン気分でスキップしだした彼女に置いていかれては大変と慌てて駆ける。
こんな気まぐれな行き当たりばったりで探し回って、果たしてリクは見つかるのだろうか?
確かアニメではどこかの倉庫らしき場所にいた気がするのだが、当然道順なんて知らない。
しかもそれは最終的に、であって、今どこにいるかはわからないという無能ぶり。
やはり私は大人しくディーヴァのお供をするしかないのか……銃撃戦はもう嫌なんだけど!
結構返り討ちにしてきたし、そろそろ遭遇率下がってもいいよね?ね?
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