白いダリアと蒼い薔薇 緋 5












「リク…………!?」

「私と同じ顔……サヤ姉さま、久しぶりね」

「あ、あなたは……!」


只今、因縁の姉妹が思い出の場所で対峙しております。

リクが吸血されたタイミングで無かったせいか、若干小夜の激昂具合が大人しめな気はするが、

それも多分、今だけだろうと思う。

むしろリクの今の状態を知ったら、本来以上に闘志を漲らせそうだ。


「り、リク!リクに何をしたの!!」

「ふふふ……この子は私のものになったの、いいでしょう?私だけの騎士よ」

「な、にを言っているの……?」

「姉さまの大事な、大事な子なのよね」

「……! やめて! リクは私の、っ」

「いいえ、私の……シュヴァリエよ」

「う、嘘! 嘘よ……そんな、嫌っ、いやあああ!」

「姉さまには、あーげない」

「……ディーヴァ……ッ!!!」


ですよね!やっぱりこうなりますよね!


無邪気に笑うディーヴァを睨む小夜の眼が紅く光った。

おお……やっぱり人間じゃないんだね。

なんて冷静に感動しているうちに、小夜は足元の釘か何かを握り締めて、ディーヴァに飛び掛っていった。

まあ、血が足りずにふらふらしている小夜と、ついさっき満腹になったディーヴァでは戦力差は言わずともわかると思う。

あっという間に突き飛ばされたのか、一瞬の後には小夜の身体が壁に叩きつけられた。


「う……」


ずるずるとへたり込む小夜。飛距離も相当だったが、勢いはそれ以上だ。

……やっぱりディーヴァと正面きって敵対なんて出来るわけが無い。

出来るだけ隅で目立たなくしていようと誓った。


「……小夜!」

「カイ!」


そしてそうこうしている間に、カイとデヴィッドさんが到着した。

二人とも、目にするのはベトナム以来で懐かしい。

カイは素早く部屋の中に目を走らせると、私からそう離れていない壁に背を預けるリクを見つけ、駆け寄ってきた。


「リク!リク!どうした、大丈夫か!?」

「おっと」


どうやら弟以外が目に入っていないらしく、彼の声の大きさに私が僅かに身を引いたのにも気が付いていないようだ。

出来れば、このままいないものとして振舞いたい。……が、冷静沈着なデヴィッドさんがいる限り、不可能だろう。

ううむ、いつ抜け出そうか。


ぎゃあぎゃあと、一気に騒がしくなった部屋の隅で一人、唸る。

銃声がした時は流石にびっくりして顔を上げたが、奇怪な体勢のディーヴァと目が合ってしまったので逸らした。

ある意味ソロモンの出血大サービスよりグロい。まさか夢に出る系の衝撃映像を一日の間に上書きされるとは思わなかった。


「……邪魔!」

「っ!!」


抜け出すタイミングを見つけられないうちに、ディーヴァに肩を掴まれポイッと放られた小夜が、一瞬の内に吹っ飛んでいったらしい。

ドガシャアッと大きな音を立てて、向こうの壁に盛大な風穴が開いた。

新たな光源と華奢なディーヴァをまじまじと見比べる。

スケールが大き過ぎて実感が湧かなかったが、一つだけ再確認できることはあった。

間違いない。この歌姫様は、私に対して物凄く手加減をしてくれている……!!


勿論感動などする訳が無く、ますます広がった危機感には必死に蓋をした。

こちらを向いて微笑むディーヴァを引き攣った笑みのようなもので見つめ返す。

頼むからその手を振るのをやめて欲しい。

折角赤い盾の皆様方の意識の外にいようと思ったのに、これでは台無しである。


文句を言いたくとも言える筈もなく、本人すら小夜を追って外へ落ちていってしまった。

残された彼らは小夜が声の届かない範囲にいると知ると、最も急を要する問題に目を向けた。


「リク……リク!おい!ああ……」

「カイ……」

「リクが……ちっとも動かねえんだ!血だらけで、冷たくて、っ」

「……く、」

「俺……俺っ、どうしたら!」

「落ち着け、カイ! ……脈はある、だから」

「でも!! じゃあなんで目を開けねえんだよっ!?」


今にも泣きそうに顔を歪めたカイが、目覚めないリクの身体を揺する。

二人がリクに注意を向けている今なら、この部屋から抜け出せるかもしれない。


長い硬直から解かれた身体でそろりと立ち上がる。

そのまま壁伝いに二人から離れていこうとして、ふと立ち止まった。


……彼らは重要なことを知らない。

リクの身体が、既に他でもないディーヴァのシュヴァリエと化していることを。

身体の傷が消えることや、小夜の証言でも遅かれ早かれわかる事だ。

でも、もしその事に気付かなかったり忘れていたとして、うっかり血分けなどされたら?

特に小夜はシュヴァリエという存在をあまりよく理解していない気がする。

そんな頼りない状態でこの場を去ってしまうのは、不安に思えた。


「…………」


尚もリクに呼びかけ続けるカイと。難しそうな顔で黙り込むデヴィッドさんの背後から距離をとり、そろりと声を掛けることにした。


「……あ、のー……すみませーん」

「!」

「お前は……!」


素早く振り返ったデヴィッドさんが鋭い眼差しでこちらを睨む。

その気迫に少々推されながらも、立ち去る前に伝えておきたい事を手短に口にする。


「その、リクって子、……非常に言い辛いんですが、」

「……何をした?」

「ディーヴァが、シュヴァリエ、……っていうのにしちゃったんで、えーと」

「なっ……!?」

「何だよそれ……どういうことだよ!」


次に言うべき言葉が見つからず、空中に視線を彷徨わせる。

気をつけて、というのも曖昧で微妙だし、小夜の血を摂取させないでね、というのは的確すぎる。

まあ重要なワードは言えたので、今後のことは凄腕ヴィッドさんに任せることにした。


「と、とりあえず助かったということです!うん!」

「助かった、だと……何言ってるんだよお前……リクはこんなに冷たくなって、動かないんだぞ!」

「え、うーん……そのうち目を覚ますと思うんですけど、冷たいのはどうしてだろ……大丈夫かな?」


冷たい、という言葉が引っかかって、リクの状態が少し心配になった。

シュヴァリエの体温なんて知らないけれど、リクはまだ子供だし、血分けが上手くいかないこともあるかもしれない。


「脈はある、んですよね。じゃあ、あー……貧血?だったらそのうち回復、」

「く、来るな……来るなッ!」

「え?」


リクの顔色を見ようと、ほとんど無意識に一歩踏み出していたらしい。

慌しく立ち上がったカイはその両手を前に掲げている。

そこには、鈍く光る拳銃があった。


「リクに……近付くんじゃねえ!」

「へ?」


待て待て、どうして一般人な私なんかに銃口を向けているんだ?

確かに私ごときがリクを見たってシュヴァリエに詳しいわけでもなし、適切な処置やらは出来ないけど。

だからと言って、なにもそこまで警戒することはないだろう。


「お前も、あのディーヴァって奴の仲間なんだろ……」

「違、……あー……うーん……」


仲間ではないけれど敵でもないというのをどのように表現したものかと悩んで言葉がつまり、

二人の表情が一層険しくなってしまった。

のっぴきならない状態に苦笑していた、その時。


「リクがやられるのを黙って見てたんだろっ!どっか行っちまえ!化け物が!!」

「カイ!やめろ、奴はおそらく人間、」

「……っ!?」


パァン。

なんとも澄んだ音が響き渡り、一瞬送れてやってきた脇腹の痛みに、の身体はよろりと傾いだ。

思わずたたらを踏み、自分の身体を恐る恐る見やる。

ソロモンが渡してくれた黒のボレロの端が、不自然に破れていた。


「え……え?」


何が起こったんだろう。

この痛みは何。

カイの手元から立ち上る煙は何。

私は……もしかして、


撃 た れ た ?



「あ……」


そんな、まさか。

ありえない、と、そればかりが頭の中をぐるぐると回る。

視界まで回っているかのようで、一歩後退る。

ああ、背に降り注ぐ陽が明るくて温かい。

きっと急に立ち上がって光を浴びたから、目がくらんだんだろう。







「……危ない!」

「!?」


がくん、と足が滑り落ちた。

咄嗟に手を伸ばしたら、当たったのは先程まで私が立っていた筈の床の端だった。


落ちる。

感覚ではそれが理解できても、身体は上手く動かなかった。

偶然手のひらが掠った石の床も、一瞬であえなく割れて崩れてしまう。

焦って石壁に縋ろうとしたけれど、生い茂っている薔薇に手が引っかかった瞬間、激痛が走った。


「あぅう……っ!!」


ブチブチ、ガサガサバサバサと騒々しい音をたてながらも、止まらない。

あまりの痛さに手を離したかったが、空中では思うように体が動かせず、耐えるしかなかった。


「っ!……、あ゛……」


ようやく地面に叩きつけられて転がり、手が開放される。

今度は背中に耐え難い衝撃が襲ってきて、息が詰まった。

薔薇の蔓でいくらかスピードを殺せたとはいえ、い……痛い……!!!


「お、おい、嬢ちゃん!大丈夫か!?」


痛みから気をそらそうと、息を吸ったり吐いたりしていると、少し離れたところから慌てた声が聞こえた。

目だけ動かしてその方向を見やると、結構な巨体がどすどすとこちらへ走って近付いてきていた。

ああ、赤い盾の……ルイスさん、だっけ。


「上で一体何が、……うおっ!?」

「?……っ!!」


折角心配してくれたのに、彼の努力は徒労に終わってしまった。

私が落ちたのが地面に開いた穴のすぐ近くだったのが災いし、衝撃で脆くなった淵が再び崩れたのだ。

ゆっくりと闇に呑まれる視界の中で、驚いて後退さるルイスさんが小さくなっていく。

悲愴な顔で「ま、まさか俺の足がやっちまったのか……!?」なんて叫んでいるのが聞こえて、思わず笑いがこみ上げてしまった。

自覚があるならダイエット頑張ろうよ!!











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