白いダリアと蒼い薔薇 緋 2
「・・・・・」
さて、アニメ通りにソロモンが出て行ったけれども、これから私はどうしよう。
もちろん何もせずここでじっとしていようとは思う。
でもこの塔は、今回かなりの人口密集地になる筈。私が入り口近くにいてはどう転んでもまずい事態になるだろう。
しかしだからと言って今出て行ける訳もない。
・・・何時出て行こう。何処に行けばいいんだろう。
「ハジ!!!」
「・・・っ!?」
鋭い叫び声が、空気を切り裂いた。思わず身体が強張る。
続いて何とも形容し難い鈍い音が響き、ぎゃあぎゃあと、どこか不気味な鳴き声と共に鳥の羽音も遠ざかっていく。
今のは多分小夜の声だろう。ならもしかして、先程の鈍い音はソロモンが刺された音だったのでは?
耳を澄ませたが、分厚い石の壁に遮られてか三人の声は途切れ途切れに小さく届いてくるだけで、
とても今の状態などわからない。となると・・・覗いてみるしかないのだろうか。
出来るだけゆっくりと、塔の入り口へ向かう。
足元で細かな砂利が僅かに音を立てたが、この程度なら気付かれないだろう。
一歩一歩を踏みしめ、ざらりとした壁に手をついてそうっと覗いた先には・・・
「・・・っ!!」
今まさに、赤く染まったソロモンの腹からハジの手が引き抜かれていた。
「――――っ、・・・、・・・」
ここまでは届かないだろうに、肉を抉る嫌な音まで聞こえてくるかのようだった。
ぼたぼたと石畳に落とされる赤が水溜りのように次々に広がる。
どう見ても致命傷なのに、身体を折りながらも後退る彼の背の穴が・・・うごめく様に塞がっていく。
そのあまりの異常な光景に、私は半ば呆然としながらも元いた入り口奥まで取って返し、
立っているのも覚束ず、その場で座り込んでしまった。
少々物音を立ててしまったかも知れないが、あんな事態では誰も聞いてはいないだろう。
「・・・は、――、(うわあああ、ぐ、グロい・・・駄目だ、気持ち悪いこれ絶対今日夢に見る、最悪・・・)」
出血なんて、再生なんて、画面上では平然と、それこそ何回も見ていた筈なのに。
いざ自分の目で見てしまうと、何故こうも冷静ではいられなくなるんだろうか。
目を閉じてしまえばこの気分を紛らわせると思ったけれど、逆に先程のシーンが脳内再生されてしまい、諦めた。
ならばと縮こまるようにして体育座りのまま、両腕を重ねてそこに額を埋める。
自身のスカートを見つめるという変な状態だけど、余計なことを思い出すよりはいい。
何分が経っただろうか。
最早壁の外の音も全く聞こえなくなった。ソロモンが予定通りに小夜の説得を試みているのだろう。
先程の自信満々具合からみて、やっぱり振られて終わるような、そんな気がする。
それならば次はこの塔でリクがディーヴァに襲われるはずである。
・・・あの部屋を、見ておきたい。
けっしてリクが襲われる所を見たいという訳ではなく、(先程の流血現場で嫌というほど思い知ったし)
純粋に原作ファンとして見たいのだ。・・・そうだ、気分転換にも良いじゃないか。
早速善は急げとばかりに顔を上げた、のだが。
「?」
いきなり視界に映りこんだのは、黒。
一瞬にしてそれが誰かの足であるとは気付いたけど、なら誰のものか。
ソロモンなら白の筈で、しかも今ここにいる訳がない。
じゃあデヴィッドさんとかがもう辿り着いたとか?・・・それも不自然。
そうこう考えているうちに勢いのまま視線を上に上げていくと、
明らかになったその人物はいきなり私に話しかけてきた。
「・・・・・あなたは、」
「ぅえっ?!は、ハッ・・・は・・ぁああ?!」
は・・・ハジィいい!?
あっ・・・ぶない!うっかり名前叫んじゃうところだったじゃないか!
驚きのあまり目を見開いたまま硬直していると、私の叫びに驚いたのか向こうも多少はフリーズしていたようだった。
しかしこれぐらいは想定内だったのかすぐに立ち直り(当然だ、彼の方がこちらに来たのだから)
先程の台詞の続きを呟く。
「・・・あなたは、ベトナムにいた・・・」
「え・・・あ、はあ・・・いました、けど」
いきなり何を言っているのかと思ったが、どうやらベトナムで私はしっかりばっちり覚えられていたようだ。
・・・ま、そりゃあそうだろう、あんなに喚いて叫んでお姫様抱っこされてたらいくらモブでも忘れられない。
「何故、ソロモンと・・・脅されているのか」
「へ?・・・・・・・・う〜ん、微妙・・・ですかね」
『脅される』という単語に馴染みがなく、ついぱっとしない答えになってしまった。
彼・・・ハジからすれば、ただの一般人がこんな所でうずくまっている理由なんてそれぐらいなのだろう。
確かに今日はどこからどう見ても誘拐っぽくここに連れて来られたが、
最早これぐらいの扱いは私にとって許容範囲の内である。・・・それも哀しいが。
「それはどういう・・・」
「あ〜、確かに半ば強制されてここにいるんですけど、それは私が望んだことでもあるんで」
通常の一般人を基準とすると、今の私は相当酷い環境にいるのだろう。
でも、生憎と私は一般人は一般人でも身寄りのない『別世界の』一般人である。
だからこそソロモンの軟禁紛いの保護が衣食住の充実となり、失った記憶・・・とやらで悩むことも無い。
記憶喪失云々は私の口からでまかせなのだけれど、この世界に私の戸籍等が無い事と程好くマッチしていると思う。
そんな理由で脅された自覚があまり無い訳だが、襲われた自覚は十分にあるというのもまた哀しい。
カールしかりディーヴァしかりギーしかり歌姫しかり女王しかり。
もうこの際襲われた、ではなく殺されかけた、としてもいいような気さえする。
半分諦めの混じった苦笑をどうとったのか、彼の表情がまた一段と険しくなった。
ああ、やっぱり私を敵認識しちゃったか・・・とは思ったが、これはもう仕方が無い。
私の言葉は真実なんだから。・・・多少、言わない(言えない)事があるだけで。
「・・・彼らが何をしているのか知っているのか?彼らは・・・」
「そりゃあ、知ってますけど・・・」
それはもう、よく知っている。
ハジは多分、サンクフレシュの裏の顔を示したのだろうが、私が知っているのはまさにそこである。
むしろ表の顔の方が知らないくらいなのだが、一般人としては異様だろう。
勿論それをわざわざ暴露したりはしなかったけれど、
私の声色からソロモンのことについて明らかに『何か』を知っている、と感じたらしいハジは、
あまり変わらない表情ながらも一瞬、戸惑ったようだった。
大方、私は何も知らない一般人で、ソロモンと表の世界での繋がりがあるために(もしあの問題の雑誌を
読んでいたのなら義理の親子として)この大きな公園のような『動物園』にのこのこ着いてきた、
・・・・・・とかなんとか考えていたのだろう。
間違ってはいない。少なくともソロモンはそういう風に見えるようにしたかっただろう。
少し違っているのは、肝心の私が知ってはいけない事を知っている、ただそれだけ。
・・・ここでハジという赤い盾の一員に「知っている」という秘密を悟られるのは、考えなしだったかもしれない。
いつどこで赤い盾からソロモン側へ情報が漏れるかもわからないのだ。
でも私は何となく、彼はソロモン側にこのことを言わない気がした。
大体、知っていることが秘密ならこんなにアッサリと他人、しかも敵陣営の人に言ってしまうだろうか。
堂々とした態度でいれば、彼は私がソロモンから全て事情を話されていると思うだろう。
実際に話された事情では翼手が吸血鬼になっているのだが、その点はまあ・・・頑張って気をつければいい。
その代わり私には、はっきりとした『敵』認識が植えつけられる訳だけれどそれはもうこの際気にしない。
できることならやめて欲しいけど、結局私がどちら側に付こうが邪魔になりこそすれ、何の利益にもならないのだ。
それなら下手に赤い盾に無害さをアピールせずとも、結果的に養ってくれている今の陣営に属したままで全てが収まる。
・・・勿論、逆に有害と見なされなければの話だが。
「・・・なら、」
私と同様、しばらく考えこんでいたらしいハジが何かを言いたそうに苦々しく切り出した。
なら、・・・何だというのだろう。知っているのなら止めさせろ、とでも要求するのだろうか。
それとも、ならば私は敵だ、とかだろうか。あまりにも短絡な発想である。
とりあえず私にソロモン達のやっている事を止める、等という芸当は死んでも出来ない。と言うより死んでしまう。
先程のソロモンへの忠告でさえ出来ず、最大限に気を張り詰めて尚、歌姫やギーにとっ捕まってしまう私のことだ。
どう考えても真っ当な死に方は出来ないだろう。そこら辺は赤い盾の皆様方に頑張って頂きたい。
そして『分かり合えないのなら仕方が無いが敵と見なす』のような考えは、少し気に食わない。
私にだって事情はあるのだ。赤い盾が戸籍も記録も何もかも無い自分を保護してくれるとは到底思えないし、
ソロモンやディーヴァから逃げるなんてハイリスクノーリターンな真似である。
色々頑張ろうとしてもソロモンは聞く耳を持たないし、ディーヴァは私をエサとしか思っていない。
・・・こんな状況で私に命を張れと?
納得しろとまでは言わないまでも、せめて理解はして欲しいと思う。
「・・・」
「・・・」
なかなかハジは次に続く言葉を零さない。
言う決心がつかないのならやはり、次に続くのは『致し方ないがあなたは敵だ』説が濃厚か。
まさか急に殺しにかかったりは・・・しないよね?
・・・ソロモンには行き成り風穴開けに行ったけど。
そう考えたら何だかちょっとイラッとしてしまった。
ソロモンはあの時、ちょっと近付いただけじゃないか。いくら怪しい奴だからといっても攻撃することは無いだろう。
私と違って全員が人外であることだし、焦らなくてもいいのだ。
結局忠告らしい忠告なんて出来なかった、私と違って・・・
うじうじと考えていたら、いつの間にか思考は先程の自分の行動に辿り着いていた。
何だかんだ言って、私の中にはソロモンへの忠告で事態を良い方向へ導きたい欲求が燻っていたらしい。
私の話ではソロモンの考えに影響を与えられなかった。
どうせハジだってこんな不審人物の話なんて本気にしないだろう。
だったらもう、ちょっとだけでもいい。言いたいこと、言ってやらないと気が済まない!
「・・・でも私からしたら、ハ・・あなた達だってそんなにいい人とは思えないんです」
「・・・?」
一度喋り出せば、思ったよりもするりと言葉が出てきた。
険しい顔つきのまま、彼は急に話し出した私を見つめている。
ちょっとだけ。せめて一言でもいいから何か言おう。
それが彼に何の影響を与えようが知るか!私の愚痴の犠牲となるがいい!
「・・・さっき、ソロモンのお腹を・・・いきなりグサッとやったじゃないですか」
「あれは・・・」
「ソロモンがあなたに何かしたんですか?・・・友好的に見えましたけど」
「・・・仕掛けられてからでは遅い」
何だそれ?!あんなに気が滅入る光景を見せておきながら正当防衛だとでも?
そりゃあソロモンは信用ならないと思うけど、何もしない内から攻撃しちゃ、そっちの信用が下がるだけじゃないか。
・・・小夜を護ろうと必死だったんだよね。うん、それはわかる。
でもね。
「・・・私はソロモンが刺されるのを見て、・・・血がいっぱい出て、凄く・・・怖かったんです」
「・・・・・」
あんなの誰が見てたって恐ろしいと思う。正直必要無いならやめて欲しい。
なんせスプラッタ+グロ+ホラー+三次元の強烈なコンボである。更に付け足せば至近距離。
きっとソロモンだってそれ以上の所業をしているだろう。
けど、生憎私が初めて目撃したのがハジの一撃だった。ただそれだけの理由で言わせてもらおう。
「その、だから・・・話し合いで解決するならそれで良いじゃないですか。
痛いのは嫌だし、怖いし・・・。どうして、あんな」
「っそれは・・・」
視線をずらし、言いよどむハジ。
これはアレか、話し合いの結果によっちゃ小夜がソロモンに取られる!と思ってつい☆ってやつか。
それにしてもこっちから問いかけたから当然なのだが、彼は思っていたよりよく喋るんだなぁと思う。
なのに、小夜相手だと気遣い過ぎて重要な情報を話さないからそっぽ向かれるんだよ・・・
・・・愛って難しい。
「えーっと。とりあえず見てて痛いのは目に優しくないのでやめてくれると嬉しい・・・です」
ちくちくとハジに愚痴を言ってやるつもりが、何だか脳内考察で十分完結してしまった。
なので早々に話を切り上げてしまうことにする。・・・がしかし。
「・・・・・」
「・・・・・」
何故か彼は沈黙したままこちらを見つめて動かない。
どうした。私にまだ何か用があるのか?
と言うかハジ、小夜の所に行かなくて良いんだろうか。ソロモンに取られちゃうぞー。
「・・・あの、そろそろ行かなくていいんですか?」
「!!」
言うなり夢から覚めたような表情で目を見張り、くるりと背を向けたかと思った次の瞬間、
彼は黒い残像と化した。シュヴァリエ的猛ダッシュで小夜のもとへ向かったらしい。
まったく。いつまでも従者で満足してないで、いい加減告白してスッキリしたらいいのに。
ぷりぷりしながらため息をつき、ふと思った。
・・・これ結局、私がハジをけしかけてソロモンの邪魔したってことにならないか?
・・・・・ごめん、ソロモン。健闘を祈る。
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