白いダリアと蒼い薔薇 緋 1









ごっ!!!
「っう゛・・・!!!」





目覚め最悪。もうこの一言に尽きる。

左側頭部に鋭い一発をお見舞いされて、私は意識を覚醒させた。否、危うく強制的に二度寝させられかけた。

その直後にも二、三度左右に激しく揺られて、無我夢中でそこにあった壁に縋り付く。



「・・・ああ、すみません。お早う御座います」

「・・・うぅ・・・はい・・・」


最早涙目、まともな返答すら困難である。痛い。超絶痛い・・・!!

お早う御座いますという事は今は朝か。しかしここは一体何処なんだ。



「・・・?・・・・・??」

「ここは車の中ですよ。昨日話したでしょう、『動物園』に行く途中です」



いきなりいろんな事が起こり過ぎて混乱で目をぱちくりしていた私に、ソロモンは隣から答えを教えてくれた。

・・・のはいいけど、やっぱり意味がわからない。



「・・・ええと?」



精神状態と頭の痛みが少々落ち着いてきたので、ここで改めて自分の周りを見渡してみた。


目の前・・・結構なスピードで進む景色、車のフロントガラス。

右・・・ガラス窓の向こうに広がる長閑な田園地帯。ちょっと薄暗いのは早朝だからだろうか。

左・・・ハンドルを握ったソロモンが車を運転している。「兄さん・・・」とかぶつぶつ呟いてる。怖い。

下・・・シートベルトで固定された自分の身体。自分で着た覚えの無い深紅のスカートにはもう突っ込まない。


結論・・・これって軽い誘拐っぽくないか?



「・・・うん、まあいっか」



少し考えた結果、全力でスルーすることにした。

そもそも私はソロモンに保護されることで生きていられるようなものだし、

それを思えば寝ているうちに勝手に着替えさせられて車に乗せられて頭をぶつけて起こされる事になっても

文句は言えない、と言うか言える立場じゃない。・・・あと、言っても無駄な気がする。



思わず小さな溜息が出たが、車の走行音にかき消されて大半が消えた。

・・・相当急いでいるようだけど、事故らない・・・ですよね?


小夜に会いたくて必死なのはわかるけど、万が一事故れば私はひとたまりも無いから勘弁して欲しい。

これだけが頼りか・・・と、自身のシートベルトを掴むことにした。非常に心もとないが仕方ない。








+++







・・・さて、何だかんだで『動物園』に無事到着することができた。

車を止めたのはアニメで小夜達や赤い盾の方々が入っていった所じゃなく、

そこから暫く走った辺り、蔦とか木とかが生い茂って、朽ち果てた石造りの塀の傍。

暗がりなので一見して車が停めてあるとはわからない。お見事である。


ソロモンは私にも降りるように促すと、後部座席から何か黒いものを取って手渡してきた。

広げてみると、もこもこのボレロ。手触りが最高に良い・・・けど、どこから持って来たんだろう?


「まだ日が昇りきってないですし、着ておいて下さい」


言われるままに袖に腕を通して留め具(リボン)を結んだ、と同時に私は宙に浮いた。

・・・ん?浮いた??


「・・・っ!?(おっぎゃあああ!?)」


落ち着いて考えればなんてことは無い、ソロモンがよっこいせと私を俵担ぎして3mはある塀を飛び越えたのだ。

うん、落ち着いて考えれば。

・・・・・これが落ち着いていられるかああ!!!





「・・・ッ!は、はぁ、はぁっ・・・」

「おや、大丈夫ですか?心配せずとも落としたりはしませんよ」



それはもう軽やかに、彼は向こう側へすたっと降り立ち、にっこり笑って私を地面に降ろしてくれた。

私はと言えば反射的に掴んだ彼のジャケットから手を離せず、

まるでジェットコースターを体験した後のように両足が頼りなく震えおぼつかない。

それでも止めてしまっていた呼吸を何とか再開させ、なんとか返答を絞り出した。



「そ、れは・・・当然でしょう・・・」

「ふふ、そうですね・・・では行きましょうか」

「・・・・・」



あぁあ、余裕顔のソロモンに気の利いた皮肉も言えないのが歯痒い!

大体、どうして私が動物園に来なきゃいけないのかがわからない。

私みたいなただの人間、邪魔者以外の何でもないだろうに。


まあでも、もし残されていたら確実にディーヴァのおやつか何かにされていただろうから、

それを考えて連れてきて・・・くれたのなら、ちょっと、嬉しいかも。



「・・・・・(いやいや、待て待て)」



一瞬気持ちが緩みかけたけど、そもそも彼が私を保護してくれる理由が不明だった事を思い出し、引き締め直した。

それが例えば、『計画が一段落した後に人体実験をするため』とかだったとしたら油断も良い所じゃないか。

・・・そんな事ばかり考えていてもきりが無いっていうのはわかってるけど。

自分の考察力の低さに思わず溜息が出てしまう。




「・・・はぁあ・・・」

「・・・・・、そんなに怖かったんですか?

 取り合えず掴むなら服ではなくこちらにしてくださいね」

「え・・・あ、あああ!すみませっ・・・」



考え事をしていたら、無意識の内に彼のジャケットを掴んだまま引っ張られて歩いていたらしい。

やんわりとジャケットから手を外され、今度は自然な動作で彼の手に握られた。

気付かなかった私も私だけど、そのままにして歩き出した彼も彼だと思う。

どれだけ急いでるんだソロモン・・・


・・・そして結構恥ずかしいから、小夜とハジに会うまでには絶対に外しておいてください。

















早朝のひんやりした空気の中をひたすらさくさく進むと、木立の向こうに崩れかけた塔が小さく顔を出した。

言わずもがな、ディーヴァが幽閉されていた塔である。

そして、今日はそこで女王二人が再び出会う、因縁の日。


思わずソロモンの顔をうかがってしまったけど、気付いているのかいないのか、しっかり前を向いている。

それだけ彼が真剣だということは感じ取れたが・・・


「・・・(なのにあんな説得の仕方するから、小夜に拒絶されちゃうんだよ)」




忘れもしない『動物園』での一シーン、説得の末ソロモンの手を取ろうとした小夜を止めるハジの一言に

『良くやった!』ではなく『何て事を!』と思ってしまった私としても、ソロモンには非があると思っている。

彼は小夜にこちら側へ来て欲しいと願うあまり、彼女の家族のことを『偽りだ』と非難したのだ。


普通、自分が大切だと思っているものをいきなりけなされて、

それでも不快に思わない人はなかなかいないのではないだろうか。

そうなってしまっては、たとえ理にかなった意見であったとしても素直に聞き入れにくくなると思う。


どうしてソロモンは、小夜を傷つけるような説得をしたんだろう。

たとえ真実を伝えたかったとしても、それが真実であると相手が認識しなければ意味が無い。

そもそも家族の定義ですら曖昧なんだから、一個人に正誤判定は出来ない。

彼女の、家族達に対する信頼に綻びがあることを期待したのか、それとも・・・





「・・・?」

「へ、はい?」

「どうしたんですか、ぼうっとして」





気付けば先程とは逆に、ソロモンがこちらを見ていた。いつの間にか俯き続けていたらしい。

手を引かれたまま歩いているので距離が近く感じる。朝露に濡れた草のせいか妙に足取りが重い。




「いや、何でもないです・・・すみません」

「疲れてきましたか?あそこに見える塔が目的地ですので、そこまで行ったら休憩しましょう」



そう言いながら塔を指差したが、まだ大分距離があるように見えた。


「・・・・・」


助言を、してみようか。

小夜の説得が上手くいくように。

余計な誤解を生まないように。

ソロモンの気持ちが、小夜にわかってもらえる様に。



・・・でも、なかなか言葉を切り出す勇気が出ない。


そんな事をぐるぐる考えている内に、塔に着いてしまった。

どれだけ悩んでたんだ、私。
















「さて。ここで待っていれば、兄さんの言葉が正しければサヤが現れる筈です。

 いきなり邪魔をするのも悪いでしょうから、そこの壁を回り込んだ影で待ちましょう」

「・・・・・あ、の」

「?・・・ああ、サヤは赤い盾に属しているんですが、ディーヴァの双子の姉なんです。

 今回は彼女を、こちら側に迎えたいと思いまして」




私ごときが口を挟んでも所詮部外者、聞き入れられないかもしれない。

不審がられて、それだけで終わってしまうかもしれない。

・・・でも、そうじゃないかも、しれない。全ては、未来は、変えられると・・・思いたい。

例えそれが想像もしない悪い方向へ向かったとしても、機会が与えられているのに何もせずに後で後悔するよりは

とりあえず行動してみて、その結果で反省して、もっと良い未来にしていきたい。

だから。

だから言うんだ、勇気を出して。

大丈夫、大丈夫、今しか無いんだ。今言わなきゃ遅いかもしれないんだ!






「・・・その、ソロモンは・・・サヤ、さんに・・・どうして欲しいんですか?」

「そうですね・・・できればこちら側、ディーヴァのもとへ来て欲しいと思っています。

 赤い盾に属しているとはいえ、実質彼女は利用されているだけです。

 今は敵対していますが、本来、血の繋がった家族は共に在るべきですので」

「そう・・・ですか。・・・もし、上手くいかなかったら」

「ふふ、大丈夫ですよ。僕達は元々、彼女とは争う運命に無いんですから。

 ・・・さあ、此方へ。危険ですから、出て来てはいけませんよ」

「・・・・・」




あー、駄目だこの人、自信満々だよ・・・

こういう状態で『もしも』の話をしても、『あり得ないから』って考えてくれないんだよね。

・・・いや、でも諦めちゃ駄目だ。

多少・・・いやかなりおかしい奴だと思われてもいい。

ここで小夜からのソロモンに対する印象を良くして置けば、損な事は無い、筈だ。


何も小夜がこっち・・・ディーヴァ側に来る必要は無い。

ソロモンがいずれ小夜側に付く時、少しでもスムーズに事が進むようになればいい。

出来ればアニメより早く仲間入りすれば、


・・・そうすれば、ソロモンのあの最期が、変わってくれる・・・だろうか?




「・・・来ましたね」

「!!!」



塔の入り口を入ってすぐ裏。背を預けていたソロモンが煉瓦造りの壁から離れた。

結局私はろくな忠告が出来ていない。

何か言いたい、言わなければと焦って零れ落ちた言葉は、目的とはかけ離れたものだった。




「失敗しても・・・落ち込まないでくださいね」

「え?」




後に小夜に振られて落ち込んでいたソロモンの姿が、脳裏にあったからかもしれない。

あの後、失意の内にディーヴァの元へ向かった彼の心境はとても苦しかったのではないか、と思うのだ。


もちろんやり方に多少の問題があったのは否めないけど、ディーヴァ側にも小夜側にも居場所がなくて、

せめて独りでも自分の信じる道を進まなければならない。・・・そんな風に考えていたのだとしたら。


私は・・・せめて、彼の傍にいたい。そして、独りじゃないと思って欲しい。

こんな唯の怪しい人間が一人いたところで、何の足しにもならないかもしれないけど、

・・・まあ、いないよりはマシだろう。枯れ木も山の賑わいってやつで。




「自信があるのはわかります、けどっ・・・だからこそ、それが崩れちゃったらと思って、

 ・・・・・心配、で」

・・・」




と思ったからつい感じたままを口に出してしまったのだが、彼の、正に予想外!といった表情を見てしまった。

・・・やっぱり激しくでしゃばった感が否めない!これはどう見ても枯れ木いらなかったっぽい・・・!

ああ、私が空気読めないやつだって自分でもわかってた筈なのに・・・どーして思いとどまれなかったかな!?




「ご、ごごごめんなさ、すみませっ・・・何もないです!何も、――っ!」

「少し声を落としてくださいね?そろそろあちら側の話が終わりそうですので」



更に追い討ちをかけるように続きを制されてしまい、心身ともに萎縮するのを感じた。

せめてこれ以上の迷惑はかけまいと唇を噛んだけど、出してしまった音は戻せない。

小夜達には感づかれなかっただろうか?



「では行ってきますね。・・・、僕のことを思って下さるのは嬉しいんですが、

 貴女はこの場から動かずに、自分の安全を第一に考えてくださればそれで十分ですよ」

「・・・は、い」



彼の台詞を聞く限りではそれほど大きな声でもなかったようだ。

しかしこれはつまり『そんな事心配する暇があったら自分の心配しろ!』っていう意味なんだろう。

まったくもってその通りだと思う。

何か言わないと、と焦っていたとはいえ、自分の事を棚に上げてソロモンの心配とは・・・

あああ、なんて思い上がってたんだ私。今更ながら恥ずかしい!



「い、ってらっしゃい・・・」



それでも何か言いたくて、彼の背中に小さく小さく投げかけると一瞬だけこちらを見て微笑んだ、ような気がした。














「――そう、あなたとディーヴァは血の繋がった家族。そして、・・・」









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