白いダリアと蒼い薔薇 蜜 21
「・・・っ、!?」
ひゅ、と自分が息をのむ音がやけに大きく聞こえた気がした。
黒い影はそのまま動かないと思われたが、不意にその手が自らのフードに伸びた。
私は動けず、それをただ見つめる事しかできない。
フードがはずされ、現れたのは…流れるような銀髪に、白い肌。
(・・・え、あれ?この人、)
「ぎ、・・・っう?!」
決して、ぎゃ〜と叫びたかった訳ではない。
・・・が、僅かにでも声を発したのがまずかったのだろうか、
彼は小さく舌打ちしたかと思うと一瞬で私の後ろに回り込み、問答無用で私の口を塞いだ。
ちなみに、舌打ちから後は全く持って視認不可能だった。
次の瞬間にはもうこの状態だったからそこから推測したが、多分合っているだろう。
とりあえず今は、何故彼・・・ギーがここにいるのかを考えるのが先かもしれない。
私の記憶では、彼は他の仲間と共に小夜とハジを襲い、次の日の朝日を浴びて・・・亡くなる、筈だ。
それがどうして、こんな所に?ここに来ているのは双子のシフの筈。
・・・ああ!そう言えばソロモンのカッコ良いシーン見なきゃ!
逃れようと身体をひねったが、更にもう片方の腕が腰へと回り、より拘束が強まる結果となってしまった。
「・・・んっ、んぅ!(放してえええソロモンのカッコ良い戦闘シーンがああああ)」
「・・・ごめんね。騒がれると面倒だから。・・・君、・ゴールドスミスだろう?」
「!?」
ぎゃああなんでシフに私の名前がバレてるの?!
しかもさりげなく名字ゴールドスミスって!いやまあそりゃ養子だから当然かもしれないけど物凄い違和感!
名前を呼ばれてびくりと反応したのが伝わったのか、彼は私がその本人だと確信したようだった。
「・・・じゃあ、君に是非聞きたいことがあるんだ。口から手は離すけど、取りあえず静かにしていてね?」
その言葉通りに口を塞いでいた手はどけられたが、
すぐさま彼の武器であろう、ナイフのような鋭利な刃物が首に添えられて硬直する。
ひいい・・・!ちょっ、こ、これって本物?!・・・だよね!
い、今更だけどなんでこんな事態になってるの!?
いるはずのないギーがいるって・・・もしかしてアニメとは違ってる!?
そんなまさか!勘弁してよ、私の唯一の武器が!
そうこうしているうちに武器をどけたりしてくれないだろうかと硬直したまま様子を伺ったが、
彼は一向にその気配を見せず、更には刃の角度を変えて、首に直に刃の部分がひたりとあてがわれたので、
暴れるにも暴れられなくなってしまった。
むしろあとちょっと、ピクリとでも動けばサクッといきそうな位置。
「・・・っ!」
「あんまり大きな声は出さないでね?」
こんな状態で背後から拘束されて・・・ああ、ほんの数日前、ディーヴァに襲われた時と似てる・・・・
この前はなんとか死ななかったけど、これは・・・素直に質問に答えるしかないか。
そうじゃないと本気で殺されそうだし!一瞬で!
それにしてもどうしてギー?双子は二人いるんだからその片方で良かったんじゃないの?
・・・あー、どっちかっていうとそっちの方が容赦なさそうだからやっぱこっちで良かったかも。
いや良くない状況だけど。
「最初に・・・君は、ディーヴァのシュヴァリエなのかい?」
「・・・って、は?」
思わず首の刃も忘れて叫びそうになった。
なに言ってるんだこの人は。
私がシュヴァリエ?ディーヴァの?
それが本当ならおとなしく捕まってる訳ないよ!一体どこからそんな結論に?
ソロモンもシュヴァリエがどうとか言ったりして変だったけどギーも相当変だ。
・・・あ、あれ?じゃあまさか、あの時のソロモンも、私がシュヴァリエだって疑ってたってこと?
えええええ!?私、二人の思考回路が理解できない!
「違うのかい?」
「ち、違うもなにも・・・どうして、そう思ったんですか?」
この際だ、聞いておけるなら聞いておこう。もしかしたらソロモンの考えもわかるかもしれないし。
「・・・数日前、週刊誌にソロモン・ゴールドスミスと君との記事が出ただろう?
僕等・・・シフは訳あって彼について調べていてね。
急に現れた君は、怪しいことこの上なかったよ。
愛人にしては君は若すぎるように見えたし、調べてみればHP上に記された君の出身孤児院は実体がない。
君が日本人なのにベトナムの孤児院にいたのもよくわからないし・・・
わざわざ彼が君を養子にしたのには何か理由があると思ったんだ。
もし、ディーヴァが新たなシュヴァリエをつくったのなら、彼が君を養子にしたことに納得がいく。
そういう存在は出来るだけ自分の手元に置いておいた方が安心だろうからね。
だからそう思ったのだけど・・・そうか、違うんだ」
彼は予想が外れていたにも関わらず、あまりがっかりした様子でもなく、
むしろちょっと嬉しそうに最後の一言を呟いた。
私はと言えば、もうそこまでバレていたのかと内心ドキドキである。あとあの雑誌が見られてたっていうショック。
・・・できれば、無かった事にしてください・・・・
それにしてもシフにここまでバレているのだったら、赤い盾がどこまで知っているのか怖くなってきた。
私、ただの人間だから!調べても何も出てこないよ!
・・・あ!逆に何も無さ過ぎて怪しいんだった!
「しかし・・・シュヴァリエという言葉を知っているとは思わなかったよ。
・・・君は、何者なんだい?」
さらりと問われたその言葉に、私の思考回路は暫し戸惑った。
何者か。そうとだけ問われたのであれば、人間だ、とか一般人だ、とか答えようがあるだろう。
しかし、今彼が私に聞いているのはそんなことではない。
普通なら知り得ないことを知っている、それは何故なのかを知りたいのだ。
「私・・・シュヴァリエって言葉を知ってるなんて、」
「言わなかったね。でも君はその意味を問おうともしなかった。
ソロモン・ゴールドスミスはディーヴァのシュヴァリエだ。・・・知っているんだろう?」
「・・・・・」
苦し紛れの誤魔化しもきかなかった。さあ、後はなんて答えたらいいんだろう。
本当のことを言うと知ってる。でもそれを言ってしまったら?
答えるのは簡単。だけど、そうしたら次は何故知っているかという問いになるのはわかりきっている。
今ならソロモン自身がいないから言えるかもしれないけど、そのあとは?
もしギーから他のシフ、シフから小夜側、小夜側からソロモンとでも情報が渡ってしまったら?
私はソロモンの正体を知らない筈の人なのだ。
確かに微妙に話はされたけど、それが真実ではないことに気付いていると悟られるのは非常にまずい。
今現在でも私はソロモンにとって「怪しい人」だと思う。出来ればこれ以上疑いを増やしたくない。
なのに、・・・うまい言い訳が思い浮かばない。
こんな時こそ思いついて欲しいのに!ねえ、どうしたんだ私!早くしないと怪しまれる・・・!
「どうしたのかな?黙ってたんじゃわからないよ・・・?」
「・・・っ?!」
何も出来ずに黙りこくってしまった私が気に入らなかったのか、
彼は首に当てられた刃をあろうことかそのままぐ、と引く。
冷たい感触に僅かな痛み。それを感知した途端、私の頭の中は真っ白になってしまった。
ああ、私が早く答えないから!
切れた。これきっと絶対切れた。切られた。
痛い。これからもっと痛くなる。
このまま答えなかったら殺される。絶対殺される。
嫌だ。きっと痛い。死にたくない。
でも答えたら今度はソロモンに疑われるかも・・・
死にたくないよ、でも嫌だよそんなの。
嫌だ、嫌だ、嫌だ怖い怖い怖い・・・っ
「・・・・っ、・・・、・・・」
「・・・・・本当に、普通の子みたいだね」
私が恐怖で硬直してしまったのを見て納得したのか、彼は暫くの後、ゆっくりと刃を離した。
全くもって気付くのが遅すぎる。そう文句を言ってやりたかったが、残念なことに私はまだ動けなかった。
まだ危険かもしれない。
動いたらもう一度切られるかもしれない。
今度は脅しじゃ済まないかもしれない・・・
いくつもの「かもしれない」がぐるぐると頭の中を廻り、思考までもが硬直してしまったかのようだ。
いい加減、こんな状況になった時に的確な判断が出来るようになりたい。
・・・こんな状況を想定した計画なんてごめんだけど。
「シュヴァリエでもない、普通の人間。なのにシュヴァリエが傍に置いておく」
「・・・・・」
私が尚も沈黙していると、彼は首の傷口がある(と思われる)場所を手のひらですっと撫で、
その感触とピリッとした痛みに思わずびくりと震えた次の瞬間、目の前で私を見上げていた。
・・・ん?見上げていた・・・?
「・・・・・でもね。何となく、理由がわかる気がする・・・」
「えっ・・・」
言われた言葉にも勿論戸惑ったが、それ以上に私は今のこの状況についていけない。
何故私より背が高いギーが私を見上げるのか。片膝を付いているからだ。
・・・いや、それはわかる。わからないのは、彼の私に対する態度の変わり様だと思う。
さっきまで私、殺されかかってたのに。
たとえ殺す気が無かったとしても、思いっきり脅されてたのに。
そんな彼がどうして、今はちょっと微笑んでさえいるんだろう?私何かした?
「だって、さっきは気付かなかったけど、君の血・・・、・・・!」
何か言いかけて、不意に彼は言葉を切った。
そして、私の血が何だろう?と思う間もなく彼の表情が一気に険しくなり、
それを更に疑問に思う暇も無く、一瞬の衝撃と共に私の視界は異常にぶれた。
ななな、何?!何が起こったんだ?!
「・・・・・へ?」
「・・・ふふ、君がシュヴァリエだよね?守る相手が違うんじゃないかな」
「・・・・・君も、さっきの二人の仲間ですね」
ソロモンだった。いつの間にかギーとの距離は開いていて、彼の立ち位置は変わっていない様だし、
先程の衝撃から考えても、きっとソロモンが後ろから私を抱えて飛びずさったのだろうと思う。
・・・驚いた。ソロモンは双子のシフと戦ってるとばかり思っていたから、正直現実感が湧かない。
ここにいるってことは少なくとも二人は・・・既に倒されたのだろうか。
死んでない・・・といいな。出来れば捕獲しただけであると期待したい。・・・望み薄だけど。
それにしても抱える場所、お腹はちょっと、そこだけで抱き上げられると手のやり場に困るって言うか・・・
「シフ・・・と言いましたか。何故彼女を?」
「それはこっちの台詞だよ。彼女の様な普通の人間を、守る必要なんて無いだろう?」
「まあそうだよねー」
「「・・・・・」」
行き場の無い両腕両足をぷらぷらと揺らしながら、私としては独り言を呟いたつもりだった。
しかし事態はシリアスな雰囲気だった訳で、小声でも思ったより聞き取りやすかったらしい。
・・・私今、相当空気読めて無かったよね!
「・・・・・。そんなことは無いですよ。あなたは僕の大切な娘なんですから」
「あー・・・はい。すみません(空気読めてなくて)」
どう見ても私の発言が悪かったのに、律儀に答えてくれるソロモン。申し訳ない・・・
もう私黙ってますんで、どうぞお二人でシリアスシーン頑張ってください!!
「娘、ね。どうして急に養子なんてとろうと思ったんだい?気紛れ?」
「・・・何故この子に拘るんです?それより、君は仲間の心配をした方がいいですよ」
「・・・答えてくれないんだね。答えられない理由なのかな」
「いいんですか?君もわかっている筈です。僕がここにいるということは、」
「彼らは死んだ。・・・そう言いたいのかい?」
「・・・・・冷静ですね」
「ふふ、そう見えるかい?・・・二人共、襲撃は様子を見てからにしようって忠告したのに聞かなかったから。
当然の結果だとは思ってるよ。・・・全部僕の責任だ」
そう最後に呟いたギーの表情は真剣で、悲しみに満ちていた。
仲間の死を知っても冷静、なのではない。表に出さないだけなのだ。
・・・だから余計に、彼の目が怖く感じた。
「・・・わかっていて助けに行かなかったと?」
「僕が加わった所で勝ち目は無かっただろうからね。そうなるぐらいなら、別行動をとった方が収穫が多い」
「では、君達の目的は僕の血だけでは無いんですね」
「・・・いや?ただ僕は、彼女を人質にシュヴァリエの血が貰えたらなと考えただけだよ」
この通り、失敗しちゃったけどね。と、肩をすくめて見せるギー。相変わらず目は笑ってない。
「そうですか。出来れば、何故血を求めているのか聞いても?」
「僕等はシフ。限りあるもの。その呪いを断ち切るために、血が必要なんだ」
じゃあ、そろそろ退散するかな。
言うが早いか、ギーの姿は掻き消えた。遅れて巻き起こる風に、つくづくありえないと思ってしまう。
そこでふと、ソロモンが難しい顔をしながら明後日の方向を見つめていることに気付いた。
釣られて同じ方向を見てみるが、寒そうな夜空と建物があるだけだった。
「・・・・ど、どうしたんですか?」
「ああ、何も無いですよ。それより、すみませんでした。襲ってきた輩は僕が目的だとばかり・・・」
「え、あ、いや、むしろ助けてくれてありがとうございます!」
「迎えに行くのが遅れてしまいましたね。少々梃子摺りました」
言いながらそっと地面に降ろされた。
振り返ると苦笑したソロモンがいたが、どうしても赤黒い染みがついた腕に視線が行ってしまう。
やっぱり腕、切られちゃったんだ・・・しかもくっ付けたんだ・・・
「・・・気になりますか?」
「え!あ、その、ええと・・・怪我、しちゃったんですよね」
「大丈夫ですよ。少し切られただけです」
絶対少しじゃないだろ!むしろスッパリ輪切りだろ!と突っ込みたいけど我慢。
シフの処理についても聞かないぞ!うん、私今回は空気読めてる!
「それより、は大丈夫ですか?どこも怪我などありませんか?」
「怪我・・・」
そう言えば首をちょっと切られたんだった。
その辺りに手をやると、またピリッと痛みが走った。
・・・まずい。触ったらまた痛くなってきた気がする。
「!!・・・切られたんですか?!」
「ちょ、ちょっとだけですけど・・・」
というよりちょっとじゃなかったら私は間違いなく死んでる訳ですが。
「早く手当てしないといけませんね。・・・丁度良かった、今ヴァンをここに呼んでいるんです」
そう言えばそういう話だったような。
耳を澄ませば遠くから車のエンジン音が聞こえた。
早、・・・くないな、私達が長々とシリアスシーンしてる間に来たんだよね。
到着したヴァンはソロモンが多くを語らないことに多少不満気だったけど、
大人しく彼が言う通りに部下を向かわせ、・・・二体の動かない『何か』を、収容した。
やっぱり、二人は・・・
ついさっき座っていたものと同じベンチに腰掛け、さっきの様に両足をぷらぷらと揺らす。
さっきと違うのは慌しく作業をするヴァン達・・・だけではない。
一時的に治療された首の傷・・・でもない。
・・・収容された、布を掛けられた二人が頭の中で消えない。
ギーに脅されて、傷付けられて怖かった。
ソロモンが助けてくれて嬉しかった。
だけど、そのソロモンはギーの仲間を奪った。
・・・こんなのじゃ喜んで良いのか悲しんで良いのかわからない。
多分どっちも本当の感情なんだろうけど・・・
大体、ソロモンは裏切るとはいってもそもそもが敵キャラだからなあ、いろいろ期待するのが間違い、か・・・
「はあぁ・・・」
「、帰りますよ!」
「!! はいっ!」
向こうからソロモンが呼ぶ声が聞こえ、勢い良く立ち上がる。
その勢いのまま駆けて行く彼女の背後、そびえる建物の屋根の上の影は、その様子を眺めながら独り呟いた。
「・・・彼女の血、他のどの血よりも甘かった、なんて・・・そんな筈ないか」
その表情は暗い。視線の先が仲間を奪った女王の騎士に移ると、それは更に険しいものとなる。
もう戻らない二人。顔は微笑んでいても、心から笑える気には、とてもなれなかった。
きっとそんな日が来るなら、それは・・・
「ゲスタス、ディスマス・・・待ってて。・・・僕がやり返してあげるから、ね?」
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