白いダリアと蒼い薔薇 蜜 20
「まさか・・・」
「ほ、本当なんですよ、残念ながら・・・」
とりあえず、必死に私が今まで日本語しか喋っていないと(正しくは喋っているつもりであったと)説明した。
初めは信じてくれなかったソロモンだったが、少なくとも私が『意図せず』に話していたことはわかってくれた。
当人の私でさえわからないこの怪奇現象。私はいつ、言語、暗号のスペシャリストになったのだろう?
しかし例の暗号もそうだが、ソロモンはそれらの不可思議なことが私の『失った記憶』にあると考えたらしい。
まあ、当然の考えだろう。
過去に何か特別な訓練を受けていた人間が、何らかの原因により記憶を削除されたが、一部失敗。
もしくは一部だけ能力を残され、廃棄もしくは駒として外に出された。
そう考えれば私の能力の説明もつきそうな気がする。もうその設定だけで新たな物語まで出来そうだ。
・・・でも。
でも残念ながら、その説は大いに間違っているのだ。
私の『失った記憶』なんて、存在しないんだから。
何だか私の『過去』がサヤ張りの特殊なものになってきている気がするが、この際気にしない。
それが真実であろうが無かろうが、推測憶測妄想は自由だからね。・・・何か変なのが混じったけど良しとする。
何はともあれ、詳しい話はまた後日、ということになった。
会社に向かって再び歩き始めたが気が重い。
後日、変な実験だけはされませんように。・・・ああ心配だ。
「・・・おや」
「?」
不意にソロモンが何かに気付いたように立ち止まったので、私も続いて歩みを止めた。
見上げると、彼の横顔は何かを思案している様子に見えた。
しかし数秒後には小難しい表情は消え、何事も無かったかのように自然にこちらに向き直ったので少し戸惑う。
「・・・すみませんが、仕事の件で連絡したい事ができてしまったので・・・
しばらくあちらのベンチで待っていていただけますか?」
「ぅえ?え、はあ・・・わかりました」
唐突過ぎる感が否めない。さっきの、絶対「何か思い出した」って感じじゃなかった。
でもここで突っ込んでも無駄だと判断して、大人しく彼に背を向けた。
「あちら」のベンチは、意外と遠くの暗がりにぽつんと見える。
傍には電灯がひとつ。
その灯りが夜の闇の中では寂しく見えて、思わず足を止めて彼を振り返った。
彼はまだその場にいたが、「もうすこし歩いた場所にいます。終わったら呼びに行きますね」と残し、
彼もまた歩き去ってしまった。
そのままそこに立ち尽くしていてもなんなので、止めていた歩みを再開する。
「・・・うーん」
・・・やっぱ気になる。さっきのソロモン、何に気付いたんだろ?
まあ、もしかしたら本当に仕事関係なのかもしれないけど・・・どっちにしたって私には聞かせられない、と。
むう、と唸りながら辿り着いたベンチに腰掛ける。
木製だからか、寒い夜にも関わらず、冷たさはあまり感じられなかった。
「・・・・・暇だー」
ぶらぶらと足を揺らして一人愚痴ってみた。
ついこの前、同じ様に暇過ぎて、勝手に行動したせいで、文字通り死にかけたのは記憶に新しい。
あれは私がちゃんと考えれば回避できたことだったたけに、
思い出すだけでも自己嫌悪でやるせない気持ちになる。あんな事態を引き起こさないためにも、
命に関わりそうな出来事や人物(ディーヴァとかディーヴァとかディーヴァとか)はきちんと覚えていたいものだ。
そういえば・・・さっきソロモンが『動物園』の写真を見てて、「明日ここに行く」って言ってた。
と言うことは遂に姉妹が相対するのか・・・あと、リクが小夜のシュヴァリエになるんだっけ。
助けてあげたいな。
そんなことができるのは、物語を知ってる私だけだし。
でも、別に死ぬわけじゃないからやっぱいいかな?原作を変える訳にはいかないし。
まあ、明日から動物園ってことはそれまで何もないわけだから、ゆっくり対策立てられるよね。
・・・ん?あれ?何か抜けてる気がする。
ええと?ディーヴァが庭園で寝てて、シュヴァリエが大集合!して(カール以外。彼は今いずこ・・・)。
話し合いみたいなので小夜を殺すことになって乾杯して、大きな満月が、
・・・・・
「あ!?」
思い出した!
ソロモン、シフの双子に襲われて返り討ちにするんだ!
夜になってからソロモンとずっと一緒にいたから、
襲ってくるなら彼が一人になった今を狙ってくるだろう。
改めて考え直すと、さっき彼が私をここに置いていったのはこのためだったのかもしれない。
「やっば。ど、どうしよ・・・」
即座に、本編でシフ2人を相手に戦ったソロモンの姿が脳内再生される。
あの、斬りかかってきた2人の武器を素手で止めるシーン、カッコ良かったなぁー・・・
・・・・・見たい。
ほ、本音出たけどいいよね!?
だって、カッコ良いソロモン、見たいじゃん!
問題はちょっと、いやかなりの確率で危険なのと、果たして私の動体視力で皆さんが見えるか、ってところだなぁ。
あ、それと場所わかんないや、探さなきゃ。
思い立ったが吉日、はベンチから立ち上がり、てくてくと歩き出した。
また勝手に行動したことになるが・・・まあいいや。
今回のシフの目的はシュヴァリエであるソロモンの血であって、私はただの人間。
ちょっと遠くから見てるだけなら・・・多分、大丈夫、な、はず!
言い訳は・・・ソロモンがあまりにも遅いから心配になって、でいっか。
・・・うふふ、見れると良いな!
高ぶる心を抑えつつ、川辺の方へ歩いていく。柔らかい夜風が頬に心地いい。
ソロモンはどこかなー。
最初、襲われる直前にもたれてた欄干って、さっき彼と別れた所沿いだったと思うんだ。
戦闘中に上の方に移動したはずだから、・・・
・・・?
ふと進行方向にちらりと黒い何かが見えた気がして、足を止める。
もう一度目を凝らしたが・・・何もない。
通常ならここでほっと胸をなで下ろしたいところだが、何だか「気のせい」に出来ない。
散々「そこには何もない」と自己暗示したのに背後に歌姫がいたという前例があるのに、安心なんてできっこない。
疑心暗鬼になりすぎることもないけど、するに越したことは、・・・っ!?
念の為にもう一度確認しようとしたが、それは叶わなかった。
突如として目の前に、真っ黒なフードを目深に被った人物が現れたから。
あああ、やっぱり何かきた!こんなパターンじゃないかと思ってたんだ・・・!
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