白いダリアと蒼い薔薇 蜜 19












連れて行かれたレストランは街並みの一角にあって、白いレンガの壁がとてもおしゃれな外観だった。

とは言っても、その街、通り自体が全体でおしゃれだったので、店に着くまでに相当よそ見してしまった。

、こっちですよ」と何回引っ張られたことか・・・ああ恥ずかしい!

彼が目を離していれば、私はとっくの昔に迷子と化していただろう。









「8時に2名様で予約されたゴールドスミス様ですね。お席にご案内いたします」




店内に足を踏み入れると、私達が何も言わないうちに店員さんが席まで案内してくれた。

ソロモンが言っていた通り個室。

だからと言って狭苦しい感じではなく、出窓から街並みを眺めることが出来、いい部屋だと思った。

ただ、2人だけしかいないので少し寂しいが・・・それは仕方ない。




食事は順調に進み、最後のデザートは小さい円形のチョコレートケーキだった。

その外見があまりにも可愛くて、暫しその姿を見つめてしまう。


完璧にチョコでコーティングされた滑らかな表面、

その上に乗せられた小さな薄桃色のチョコは薔薇か何かの形をしている。


人目が無ければ一口で食べてしまいそうなほど小さい。

と言うより、フォークを入れるのがもったいない。


「はわー・・・」

「・・・いります?」

「・・・・・・・・へ?」


あまりにも控えめに投げかけられた言葉に、数秒間は自分への問いかけだと気付かなかった。

慌てて視線を上げると、そこには差し出されたもうひとつのチョコレートケーキ。

これはまさか・・・・


「ソロモンの・・・・・くれるん、ですか?」

「ええ。僕はいらないので」


にっこり。

微笑む彼の顔から、本心だろうと推測する。

無理に気を使わせてしまうことは避けたいけど、これは多分大丈夫だろう。

甘い物LOVEなソロモンでも面白そうだけどね。

歌姫とケーキ取り合いっこしたりしてたらさらに面白そう。負けるだろうけど。



「えっと、ありがとうございます。・・・甘いものは好きじゃないんですか?」



妄想ついでに、お皿を受け取りながら彼に本当の所を聞いてみる。


「いえ?嫌いではありませんよ。がケーキを見て目を輝かせていたので、食べて欲しくなったんです」

「・・・そんなに見つめてました?」

「とても嬉しそうでしたよ」


しまった・・・物凄く見られていたとは。ていうかそんなに見てたのか私。

まあ何はともあれ、ケーキが2倍になったのは嬉しい出来事だし、遠慮なく頂くとしますか!









・・・やっぱり我慢できなくて、二等分サイズにして食べつくしてしまった。合計4口。

食べてる間中、ソロモンがにこにこしていたのは絶対に私の食いっぷりを見てのことだと思われる。




















「は〜おいしかったぁー!」

「ふふ、が満足してくれて嬉しいです」



店を出ての感想に、彼が楽しげに笑う。

お腹がいっぱいになると落ち着いたのか、何だか満ち足りた気分にすらなった気がする。

今歩いているのは行きに立ち止まってしまった石橋の上だが、もうそんな気分になることは無かった。


しかし、今度はソロモンが急に立ち止まり、、と私を引き止めたので少々戸惑う。

困惑したまま視線を向けると、その彼もまた、何か困ったような、迷っているような表情だった。




「・・・

「はい?」

「・・・言いたくないのならそれでいいです。

 ・・・・・、あなたには本当に、記憶が無いのですか?」

「・・・え」



ドクン。

鼓動が大きく波打ち、体中に伝わった。

瞬時にして思考は鈍くなり、身体は金縛りにあったように動かせない。


なんで、どうして、そんなことを私に聞くのだろう。

どんな答えを返すべきなのだろう。



私の嘘がバレた?それとも単なる確認?

もしバレてたらどうしよう?正直に本当のことを言うべき?

異世界から来ましたって・・・過去も未来も知ってますって・・・

何考えてるんだ私。言えるわけ無いじゃん。言っちゃ駄目だよ!

そんな事して未来が変わったらどうするの?もう私生きていけないよ。

でも、言えって言われたら言わないと今すぐ敵と見なされるんじゃ・・・



疑問ばかりが頭の中をぐるぐる回るばかりで、答えがでない。

・・・ああどうしよう、うまく考えられない。



「き、おく・・・」


辛うじて、彼の問いを確認するように、声を発することが出来た。

でもそんなものは何の解決にもならない。


「ええ、記憶です。の記憶の失い方は少々特殊ですので、解決策になればと思って質問しました」


本当にそう思っているのだろうか。

疑念が頭をよぎる。


駄目だ。そんな風に考えては。

確かにそれはソロモンの本心じゃないかもしれないけど、

それは私が嘘をついていることがそもそもの原因なのだ。・・・私が悪いんだ。



「わたし・・・」




何か。何か話さないと。

そうは思うのだが適当な言葉が急に思いつく筈も無い。

嫌な沈黙が続く。ソロモンの方をまともに見ることが出来ない。


どうしよう、どうしよう。

あまりにも悩みすぎて、いつの間にか彼が歩み寄ってふわりと自分の頭を撫でられたことに、とても驚いた。




「・・・っ?!」

「すみません、まだ早かったかもしれませんね。・・・無理をして思い出さなくてもいいんですよ」




どうやらまだ彼は私が記憶喪失だと思っているらしい。

もしくは私が記憶喪失を装っていることを知って尚、それに付き合ってくれているのかもしれない。

どちらにしろ、私は『記憶』を話さなくて良さそうだという事がわかってほっとする。

しかしそれも今のところは、だが。





いつかは話さなければならない・・・と思う。

でも、はたして出来るのだろうか。



きっと、私は言えないと思う。











「ご、めんなさい・・・」







やっと出てきた言葉は謝罪だった。


記憶喪失って嘘をついてごめんなさい。

みんな知ってるのに自分のために言わなくてごめんなさい。

ああ・・・私は謝る理由すら言えないんだ。











が謝ることはないんですよ。・・・あなたに確認したいことがあるんです」

「確認・・・ですか?」

「・・・、ベトナムで、筆記テストをしたのを覚えていますか?」




真剣な表情で確認、というから何の話かと身構えたが、問われた内容に少々疑問を覚える。

何でいきなりそんな話を持ち出すのだろう?あのテストに記憶関連のものは無かったはずだ。




「あーはい。何だか変な答えが出ましたよね?ええとー・・・ナイル川5丁目、とか」

「そのテストですが、実は現在アメリカ軍で使われている暗号なんです」

「・・・え」




は?暗号?・・・あの変なのが?トイレの場所とか料理のレシピとかあれ全部暗号?!




いきなりさらりと真実を話されても、急には話についていけない。

ただ目をぱちくりさせて硬直する私を余所に、ソロモンは話を続けた。



「もちろん、出題したのはその応用ですよ。

 ・・・そもそもの目的は、がどういう反応をするか見てみたかっただけなんです。

 この年で相当の語学能力を持っているようでしたし、何処かのスパイかと思いまして」

「すっ・・・スパイ?!」





まさか自分がそんな凄いものだと疑われていたとは驚きだ。

私がいつそんな片鱗を彼に見せたのか。どこら辺に疑う余地があったのか。

・・・まあ、多少不審な行動をしていたとは思うがそこには目を瞑ってほしい。




・・・・・ってちょっと待て。相当の・・・語学能力?

何言ってるんだソロモン。自慢じゃないが私の英語の成績は常に下位をキープして独走中。

文法とか単語とか、それはもう悲惨な状況で、この間遂に一桁の点数を記録したぐらいなのに、それはおかしい。

今だって、ソロモンとかアレンさんとかが日本語で喋ってくれているから助かっているのだ。

そうじゃなけりゃ今頃私はどうなっているか。




「ええと、ソロモン。私がスパイとか在り得ませんって絶対。

 語学能力だって皆無ですよ?私、英語でさえ全然駄目なんです」

「・・・え?」



あはは、と軽いノリで否定したのに、ソロモンは私の答えが信じられないらしく、戸惑った顔をした。

何に戸惑うことが在るのだろう。私が英語駄目なのってそんなに意外だっただろうか。



「いや本当なんですって。日本語しか喋れないし・・・」

「そんなことは無いでしょう、。だって貴女今、流暢なフランス語で喋っているじゃないですか」

「・・・・・は?」

「英語だってこの前上手に喋れてましたよ。他にも十数種類試してみましたけど全部綺麗な発音で・・・

 本当に凄いです。一体どうやってそんなに覚えたんですか?」

「・・・・・」




何だ。何の話をしているんだ、ソロモンは。

ソロモンこそ、今、流暢な日本語で喋ってるじゃないか。

自分の話してる言語が分かっていないのだろうか?

・・・ありえる。なんてったってソロモンは見た目より長く生きてるから、

日本語だってなんだってペラペラになっていてもおかしくないはず。

ついつい私に合わせて日本語で喋ってしまっているんじゃないだろうか。







?どうしたんですか?」

「あの・・・ソロモン。えと・・・い、今、何語で喋ってますか・・・?」

「・・・? フランス語ですよ、もちろん。今までだってずっとそうだったじゃないですか」

「に、日本語で喋ったり・・・してませんか?」

「いいえ?喋れないわけではありませんが、がフランス語を喋れるようなので、必要無いかと」

「・・・・・・・・・・」

?」




どうしよう。一気に雲行きが怪しくなってきた。

何だかこの展開、ソロモンは普通のことを言ってて、私だけがおかしい、みたいな・・・

い、いやそんなはずは無い。確認、そう確認してみよう。それではっきりするはずだ。






「あ、え、ええと・・・その、英語で「林檎」のアルファベットのつづりと、発音を教えて下さい」

「A、P、P、L、E。「林檎」ですね」

「・・・・・ですよね。あはは・・・」








あはは、駄目だ・・・アルファベットまでは聞き取れたのに、林檎が「りんご」って聞こえる。

集中して聞いてたのに・・・アップルって聞こえない。



まさか、まさかまさかまさか。

おかしいのは・・・私なのか?!そうなのか?!






「ありえない・・・・」

・・・さっきからどうしたんです?何がありえないのですか?」

「ソロモン・・・」








私は・・・自分で自分がわからなくなりました!!!







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実際にこんな暗号が使われていたら私はびびります。


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