白いダリアと蒼い薔薇 蜜 12
エレベーターのドアが開くと、そこには黒髪を後ろで一つ括りにした黒スーツ姿の男性が一人、
大層落ち着かない様子で突っ立っていた。
人がいたことに少し驚いて「あ」と声を出したのが聞こえたのか、
それともドアが開くのを待っていたのかは分からないが、ドアが開くと同時に男性は勢い良くこちらを向いた。
あれ、なんだか見たことある顔だ。でもキャラにはいなかったよね、こんな人?
思ってから、はっと気付いた。
ああ。あの、なんだっけ、ほら、護衛?とか言う人だ。
いろいろとおっちょこちょいだった印象が強いけど、謎の薬を持ってたり、良く分かんない人だったな・・・
えっと、名前、は
「アレン。ご苦労様でした」
あ、そうそう、アレンさんだ。
私が彼の名前を思い出してすっきりしていると、つかつかとアレンさんがこっちに歩み寄ってきた。
と言っても正確にはソロモンの方に向かっているのだが。
「もーご苦労どころじゃないですよ!超疲弊しましたよ!むしろ俺の精神死ぬかと・・・っ!
あああ何でこーいう時にロナンがいないんですか!あいつの方が絶っっっ対得意なんですよ!」
「はいはい、本当に良く頑張ってくれましたね、アレン。有難う御座いました」
そして同時進行で飛び出す不満。
上司にこの態度は正直どうなんだろうと思うが、声の感じからするに本気で怒ってるわけじゃなく、
なんだかむしろホッとして緊張の糸が切れたために、とにかく喋り続けてる、といった感じなんだろうか。
対するソロモンも苦笑して宥めてるあたり、もしかしてコレはいつもの事なのかもしれない。
それにしても、アレンさんが凄く子供っぽく見えてしょうがない。
おかしいなぁ・・・ベトナムで最初に会った時はもうちょっと大人っぽく見えた筈なんだけど。
「もう俺の仕事終わりましたよね?研究室に帰っていいですよね?!てか帰りますでは失礼します」
「ふふっ・・はい、どうぞ」
一方的にまくしたてたかと思うと勝手に自己完結させるなり、
彼は早足で私達が乗ってきたエレベーターに乗って帰ってしまわれた。
隣ではソロモンが苦笑している。
それを見て、なんだか和んだ気持ちになった。
ソロモン、何となく自然に笑ってる、気がする。
私に時々向ける、私のためにつくった笑顔じゃなくて。
「あ、すみません。お待たせしてしまいましたね。これからこちらの扉の向こうの庭園を
『見学』する訳ですが・・・先客がいらっしゃるので先にご紹介しておきます」
うあああ来た、やっぱ来た!
「には朝に話しましたよね。 ディーヴァ、という名の女性で・・・私の主でもあります」
「主・・・」
私の緊張した心持ちと表情をどう受け取ったのか、ソロモンは申し訳なさそうな表情になった。
そう思うんだったら今すぐUターンして帰らせてくれとか思うのだが叶うはずが無いので声には出さない。
そうこうしている内にガラスのドアが開かれ、綺麗に刈り込まれた植え込みが覗いた。
「では、行きましょう」
中に入って数秒は何事も起こらなかった。・・・・そう、数秒は。
その間に私にできたことといえば、せいぜい庭園をざっと見渡すことぐらいだった。
それでも庭園のその先、向こう側の壁の辺りをじっと見つめ、
アニメどおりに歌姫がいるかどうか確認しようとした。
・・・いなかった。
あれ?
と、疑問に思った次の瞬間、突風が巻き起こった。
「・・・っ」
そして同時に威圧感のようなものが全身に走り、思わずぎゅっと目を閉じる。
続けざまにぐるりと身体が反転させられたかと思うと
締め付けられる様な感覚を感じる間もなく、耳元でヒュゴッと風が唸ったのを辛うじて認識した。
それらが一瞬で起こったのだ。
そして、静寂が訪れた。
(・・・きもち、わるい・・・・・)
激しく頭の中をシェイクされたのかと思えるほど、くらくらする。
何故か、つま先しか地に付いていないように感じるのはどういうことだろうか。
しかも肩の辺りが異様に締め付けられて、若干苦しい。何かに押し付けられている様だ。
何なんだ。あの一瞬で一体何が起こったんだ。
確かめるのは少々怖かったが、現状を把握するには目を開けるしかない。
そっと、目を開けた。
白が目に入る。ピントが合う。・・・・・これは、ソロモンの、服?
何でこんな至近距離に、と視線を上げるが、見上げた先の彼の顔は険しかった。
ぐ、と首を動かして振り返り、視線の先を辿ると。
「えっ(・・・っちょ、ディーヴァ出たぁあああああああ!?!?)」
例の歌姫がいらっしゃいました。
貞子状態で!
今井戸から飛んできましたってぐらい荒い息を吐いて!つか近い近い近いいいい!
さっきいませんでしたよね?どこからいらっしゃったんですかー!
うわああこっち見てる!こっち見てるよおおお!!!
長い髪から覗く蒼い目がらんらんと光って、伸ばされた両腕の手首はソロモンの片手に掴まれていて、
あれ、ということは私今どうなってるの?この肩の締め付けはもしかしてソロモンだったり?
となると構図的に考えて、ディーヴァの攻撃をソロモンが防いだっていうことになるのか・・・
・・・・・・私を、助けてくれたって事?!うわ、よかった、今回も助けてくれた!!
しかもこの体勢・・・抱き寄せられてるって幸せすぎる!ちょっと痛いけど!
神様、信じてないけどありがと・・・・う、わああああああ?!
ひょいと視線を落としたのがまずかった。
地面が・・・遥か下に見えたのは、錯覚なんだろうと誰か言ってください。
そういえば高かったはずの天井が心なしか近く見えると思ってたんだ。
信じたくないけど、認めなきゃならないようだ。・・・多分私、今凄いところに立ってる。
更に、私とソロモンとディーヴァが一所にいるっていう現状がね、もうね、考えるのも恐ろしいんですけど。
軽く見回しても、辺りに足場が見当たらないなんて、どんな小さな足場なんですか。
そこに三人もいるってどんな状態?
もう人間業じゃな・・・あ、二人共人間じゃないんだった。
ある意味納得できる結論を弾き出して、やっとのことで落ち着いてきた。
それでも下を見てしまったことによる恐怖は逆に増すばかりで、落ちたらと想像するだけで恐ろしかったので
とりあえずぶらんとしたままだった腕を上げ、ソロモンの背中辺りに回し、ぎゅ、と上着を掴んだ。
キャー、ったら大胆☆とか言ってる場合ではない。冗談ではなく生死がかかっているのだ。
この手外したら死ぬ。きっとあの固そうな床に落ちて死ぬ。あああ怖い怖い怖い・・・!
「・・・?大丈夫ですか?」
「・・・・・・・・・いえ、あんまり」
せっかくソロモンが声をかけてくれたのに、恐怖のあまり、本音が出た。
この頃、ぽろっと正直な意見を言ってしまうことが多くなった気がするが、ここで大丈夫なんて言ったら
この状態のまま放置されそうだし、仕方ない。
いや、体勢は嬉しいんだけどね?高さが。高さがヤバいんだよ。
ただでさえ身体を揺さぶられてくらくらしてるって言うのに・・・
こんな不安定な場所に一瞬でも長くいたくない!だから早く降ろしてくれると嬉しいんですけど。切実に!
「えと、あの、・・・・怖いので・・・早く地面に、降ろしてくれないでしょうか・・・?」
「ああ、すみません。今降りますので」
ソロモンがそう言った次の瞬間には周りの景色がまともになっていた。
遅れて巻き起こった風が髪を揺らして、今更ながらに感嘆してしまった。
意味分かんない。やっぱり人知超えてる・・・魔法か何かみたいだ。
ほへー・・・と数秒感心してから、まだ拘束が解かれた訳ではないことに気付く。
いい加減不安定な状態も嫌なので手を離し、軽く彼の身体を押してみる。
・・・動かないんですが。
「・・・え、あの、ソロモン・・」
声を掛けようとしてようやく、先程から微かに妙な音がしていたことに気付いた。
ミシミシギシ、何かが軋む音が断続的に聞こえる。
その音は背後から聞こえてきた様だったので振り返ってみる。
「・・・・・」
視線の先にいたのは先程と同じく、ディーヴァ。
音の出所は・・・ソロモンに掴まれた彼女の両方の手首、だった。
・・・・・いやいや、何してんのソロモン?!
仮にも主なんじゃないの?や、ヤバいよ、明らかにみしみし言ってるよ!
「・・・・・・ディーヴァ」
「おいしそう」
「いけません」
「どうして?ちょうだい」
「この子は・・・は駄目です。アンシェル兄さんが帰って来るまで待ちましょう?」
穏やかな口調ながら、徐々にかける力を大きくし、ディーヴァを遠ざけようとするソロモン。
次第に威圧感というか、まとう雰囲気が禍々しくなっていくディーヴァ。
・・・だ、駄目だこの状況耐えられない!
頼むから私を挟まないでくれないかな・・・本気で怖いんですけれども!
一触即発の二人に挟まれ冷や汗ものの。事が丸く収まるはずも無く、事態は更に悪化していく。
「いーやー!ちょうだいちょうだいちょうだいっ!」
「何度も言いますが駄目なものは駄目です」
「いやっ!!ほしいの!わたしのなの!ちょうだいってばー!!!」
まるで駄々をこねる子供のようなディーヴァだが、頑ななソロモンを落とすことはできない。
それは私にとっては喜ばしいことなのだが、気がつけばディーヴァがすっかり私をもの扱いしてるのが
ちょっと悲しい。ソロモンも否定しないし。
そう言えば前にカールにもそんなこと言われたっけ。なんだかんだ言ってあの頃はまだ気楽だったと思う。
ああ、何でこんな所に私はいるんだ。ロナンさんのお手製料理が食べたい・・・
ロナンさんも、どこ行ったんだよ・・・さっきのアレンさんの発言からして無事、だよね?
ああ、デヴィッドさんが余計な真似しなきゃ全員無事だったのに・・・
延々と続く応酬をBGMにがそろそろ現実逃避をし始めた頃になってようやく、
長い戦いの終わりの兆しが見えた。
と言うより正確にはディーヴァがキレた、と言った方が正しい。
彼女はキッとソロモンを睨みつけ、一言言い放ったのだ。
「・・・っもー!くれなきゃアンシェルに言いつけてやるんだからっ!!!」
まるで、喧嘩に負けた子供が「お母さんに言いつけてやるっ!」と叫ぶ、そんな感じだった。
しかしソロモンときたら、はね付けるかと思いきや、黙り込んでしまう。
「・・・・・」
・・・え、何だ何だこの微妙な空気は。
どうしてソロモンは黙ってるんだ。
どうしてディーヴァは勝ち誇った表情なんだ。
・・・ま、まさか勝ち負け決まったとか・・・そんな筈は・・・
「・・・・・わかりました。お渡ししましょう」
「やったぁv ソロモンだーいすき!」
やっぱりぃいいー!!!?
「あの・・・私の拒否権なんてものも尊重してくださると嬉しいんですが「残念ですが出来かねます」
・・・ですよねー!
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