傘立てトリップ
trip.8
凍えるような(というより実際凍えた)教団の門の外にいたはずの私は、
またしても知らない間に、白く明るい部屋のベッドの上にいた。
染み付いている薬品の匂いからして、多分医務室、とか言うところだろう。
気付くといつの間にか着替えさせられていて、白いシャツを着ていた。
なんだか頭がぼうっとして、ゆらゆらした気持ちだ。
体を起こすと、ちょうどドアが開いて、二人の人物が入ってきた。
・・・アレンと、コムイ室長。
アレンは私を見るなりうれしそうな、目を逸らすような、複雑な顔をした。
それに私が疑問符を浮かべていると、先にこちらへ歩いてきたコムイ室長、だと思う人が
声をかけてくる。
「こんにちは、えーと・・・ちゃん?」
「?・・・ああ、はい」
どうして名前を知っているのかと思ったが、そういえばアレンに名前を教えた気がする。
「僕はここ、黒の教団の科学班室長をやってる、コムイ・リーだよ。
早速で悪いけど、少し質問に答えてくれるかな。
君が人間だというのは分かったけど、人間にも敵はいるからね」
「・・ブローカーとか、ですか?」
「まあそれもあるかな。・・・・、ブローカーのことを知っているのかい?」
・・・・ッしまったぁあああ!!!
今は私、一般人、一般人!
ああー、つい専門用語(?)、しかもあまり一般に知られて無いのを言っちゃった・・・
「あ、え、ええと・・・き、聞いたことがあって」
「・・ふうん。まあいいか。 あ、そうそう聞きたいことがあって。
君を追っていた者についてなんだけど、分かるかい?」
やっぱり怪しまれた、よね・・・
知ってると、どうしてもつい、口が滑ってしまう。
そういえば、今は話で言う、何処の辺りなんだろう。
門の前で聞いた叫び声が確かなら、ちょうどコムリン事件の後、みたいだ。
ゴーレムを通しても聞いた気がするし、この部屋にも大きな裂け目がひとすじ、
なかなか大きく口を開けているのが見える。
・・・なんだか崩れそうだなあ、ここ。
「・・・ちゃん、ちゃん?」
「・・・・・っあ、はいっ!?な、なんでしょう?」
「大丈夫? 君を追っていた者について・・・」
もしかしてまた、不審がられちゃった?
にしても、なんて答えよう・・・ノア?伯爵?
しかも、何のために?
ここらへん、妙に正直に答えたら追求が凄そうだし。
ま、黙っとこ。
「伯爵」の単語は出していいよね。
「あんまり覚えてないんですけど・・・多分、ブローカー、みたいなものだと。
伯爵がどうのこうのって言ってました、けど・・・”伯爵”って、一体誰、なんですか?」
千年伯爵って、普通の人は存在とか、知らないよね?
まあ、嘘は言ってない。レロも、伯爵に殺される・・・とか言ってた。
・・・あれから、大丈夫だったかなあ。
さして気にすることもない傘の命運の行方につらつらと思いを馳せる。
その間、コムイさんが丁寧にも「そもそもの始まりは約百年前〜・・・」から始まる長い長い話を、
朗々と語り続けていた。
私はその話はもう十分知っているから、聞く必要は無かったけど。
「・・・ということなんだ。・・・で、君が身につけていたネックレスは実は」
「・・”イノセンス”なんでしょう?」
「えっ?」
コムイさんもこれにはさすがに驚いたようだった。
無理も無い。今はまだ、アクマの知名度でさえ、全くといっていいほど無いのに、
イノセンスなんて、分かっているはずも無いだろう。
「どうして、それを」
「追いかけてきた人たちが言ってたんです。・・・能力とかは、全然分からないですけど」
嘘は言ってない嘘は。
でも本当に、能力だけはさっぱりだ。
「ああ成程ね。 見た限りで言うと、多分君のイノセンスの能力は・・・
・・・空間中の瞬間移動、だと思うんだ」
「・・・瞬間移動?」
「うん。現にさっきも門の前から科学班の僕の机の上に移動したよね?」
「・・・・・はいっ?」
コムイさんの机の上?? ・・・全っ然記憶、ない・・・
「あれ、覚えてない? そっか・・・まあとりあえず、すごい能力だよ。伯爵が欲しがりそうだ」
「へえ〜・・・;」
はは・・・ホントに興味を示されてたしな!てか結局伯爵には会ってないんだなあ、私。
「んで! ちゃんには保護と修行も兼ねて、ここにいてほしいと思ってるんだけど、どう?」
「はあ・・・・っては!? し、修行?!っていったい・・・!」
にっこりしてるコムイさんに思わず流されるところだったよ!
修行ってアレですか、アレンとか神田とかがしてたすんごいやつですか?
・・・・はっきり言おう、できない。
「いやいや、普通に無理ですって!!」
「あはは、大丈夫大丈夫。修行って言っても基本的な体力をつけるだけだから。
それよりはまあ、君の場合、イノセンスの方のトレーニングが主になると思うよ」
「へ?」
「ほらちゃんったら、自分が発動したことすら覚えてなかったじゃない。
実戦でいざアクマに向かった時発動できなかったら大変だよ〜。一瞬で殺られちゃうかも。
装備型だからウイルスに耐性もないし・・・」
え、ていうか、その、あの・・
私がイノセンスの適合者→入団→修行→実戦・・・は自然な流れなんですかそうですか。
実戦て。行き成りすぎて何がなんだか!
でもなあ、確かに当たり前だよね、エクソシスト足りなさすぎの今の状況からして。
アクマか・・・怖いなあ、きっと話なんか聞いてくれないんだろうなあ。
あ、でもアレンとかと一緒に行動してたらなんとか話の筋がわかるし・・・まだ安全?
あれ、いつの間にかアレンいなくなってる・・・さっきまでいたのになあ。
えっと、今がコムリン暴走の回だから・・・次は多分巻き戻しの町。
ミランダさんが出てきてー、ロードが出てくるのかな、たしか。
・・・・・ロード? ・・・・・・・え、ロード出てくる?!
「・・・・・っ!!」
「ん? どうしたんだい?」
ひ、ひぎゃあああ怖い!なんか無性に怖い!!
そういえば私、あの二人から逃げてたんだった!
あの時絶対追って来てたってことは・・・・見つかると、やばい?!
今度抵抗したら、頭殴られるだけじゃ済まないよね・・・
あまつさえ伯爵に引き渡されて・・・あ、絶っ対生きて帰れないよこれ。
ああ〜どうしよう!?エクソシストにならなきゃいけないのはわかってるけど、
ロードに正面から会えないよ! こういうのは影からこそっと見ときたい!
「わ、私・・・ 私を追いかけてきた人たちに、会いたく、ない、です・・こ、怖くて」
「・・・んー、そうだねえ、街に出るんならそいつらに会う確立も高いね。
でもさ、だからこそイノセンスのトレーニングをしなきゃ」
・・・はい? 何がどうしてそこに辿り着くんですか?
「だって、君のイノセンスの能力は『瞬間移動』でしょ?それをうまくコントロールできたら、
危険が迫った時にうまく逃げられる、と思わないかい?」
「・・・・まあ、それはそうですけど」
「・・・だけど逆に言えば、それを利用されてしまうかもしれない。
ある日突然、教団内部にアクマが出現したら・・・大変なことになる、よね?」
「そう、ですね・・・」
一瞬、リナリーの夢やら小説版(2巻)やらを思い出してぞっとした。
所詮イレギュラーな私が引き起こしていいことではない。
しかも、そんなことをすればストーリーも大分変わってしまうだろう。
そうなれば『未来を知っている』という私の圧倒的に有利な立場が崩れる、即ち、死。
・・・さすがにそこまではいかないと思いたいけど、何がどう影響して話が変わるかなんて、
私にわかる筈も無い。
黙りこくった。その様子はコムイにはとても悲しげに見えたようで、
ふ、と彼が浮かべた表情には、僅かに哀れみも混じっているみたいに感じた。
「ごめんね。君が望んだことじゃないだろうけど、イノセンスに選ばれた以上、君はエクソシストだ。
僕たちには一人でも多く、一緒に戦ってくれる仲間が必要なんだ。
協力・・・・してくれるかい?」
・・・ここで『いいえ』を選んだなら、私はすぐさま咎落ちでもするんだろうか?
ふと浮かんだ考えに、サイドテーブルの上に置かれたイノセンスを見る。
皆が皆、スーマンと同じような姿になるのだろうか。
――――どっちにしたって、ここは木っ端微塵だろうなあ。
承諾を前提としてないとこんなこと言えないよね・・・ ま、私だって皆に死んで欲しくないし。
「・・・・・・・・はい。こちらこそ、宜しくお願いします」
ちょっと微笑んで見せたら、彼の顔がまた歪んだ、気がした。
思い通りになったはずなのに、やっぱり悲しいのかな。 ・・・複雑だよね。
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シリアス・・・?
アレンに何言ったかすっかり忘れてるヒロイン。
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