傘立てトリップ



trip.3









目を開けて初めに、自分はお花畑の中にいるのだと思った。


しかし、わずかな頭の痛みと共に視界はだんだんと鮮明になり、

それは色とりどりのドレスが散乱しているんだと理解した瞬間、

先ほどからの出来事を全て思い出してしまう。



あの後なんとかロードから逃れようとしたものの、後頭部を強打されてあえなく撃沈してしまったのだ。

気を失う前に見たロードの顔が忘れられない。アレは獲物を捕らえた獣の目そのものだった・・・



あまりの恐ろしさに思わず身震いしていると、ロードの声が上から降ってきた。

「ん?気がついた?綺麗なドレスでしょぉ、?」

「え、あの、ここどこ・・・」

内装がさっきの部屋とはがらりと変わっていて、ぬいぐるみとかもちらほら見える。

「僕の部屋だよ、連れてきたの。それより!似合ってるでしょぉ、ドレス」

言われてから、いつの間にか着替えさせられていたことに気付く。

黒地に真っ赤な赤いバラのコサージュがたっぷりついていて、黒いところは少ししか見えないほどのドレス。

かろうじてバラがついていないところには黒いレースと金のチェーンがあしらわれていて、

これは何というか、その・・・・・


悪趣味。正直勘弁してください・・・!




・・とは口が裂けても言えないので、

控えめに、「あ、あんまり、好みじゃ、無いかな・・・」とだけ恐る恐るコメントする。

ロードが顔を少ししかめたので内心びくびくしたが、「じゃあ何色が好きなのぉ?」と聞いてきたので

胸をなでおろし、「せめて、黒とか・・」と答えた。

ロードを見れば、「黒」と答えたのが嬉しかったらしく、るんるんとドレスの山を漁っている。

さっきみたいなのはもう着たくないなあ、とぼんやり考えながら、

そういえば事の元凶、レロはどうしたっけ、と思う。


・・・ああそうだ、ティキに伯爵のところまで連れて行かれたんだった。

あの傘が思い出すの遅すぎたせいでこんなことになったのだからいい気味かもしれない。

そうすればあのイノセンスを拾ったりしなかったのに。

そこまで考えてからはっとする。



イノセンス。イノセンスはどうなったのだろう。



思わず胸元に手をやると、布地の上からではあったが、

確かにイノセンスが元のままに首に掛けてあるのが確認できた。

ロードはこれがイノセンスだと気付かずに、そのままにしておいてくれたらしい。

良かった。どんな能力があるのか知らないが、これを失ったらもう二度と帰れないような気がする。



そしていいドレスが見つかったらしいロードがこっちにやってきて、嬉しそうに私を着替えさせ始めた。

余計なことはするまいとされるがままの私。今回のドレスはまだ、ましかもしれない。

そう思ったのが間違いだった。



確かにドレスは黒で、シンプルなデザイン(先程のよりは)なのだが、装飾品の数があまりにも多すぎる。

黒いリボン、金色の細い鎖、コサージュ・・・などなど。

明らかにこれらのせいで体が重くなった。少しでも体を動かすとジャラジャラと音を立てるほどだ。

仕上げとばかりにお腹の部分だけのコルセットのようなもの(白と黒のダイヤ柄)を締められ、

きつさを我慢しているところで・・・ドアが開いた。




思わずその方向に目を向けると、そこには伯爵のところから帰ってきたらしい、ティキがいて、

を見て一瞬びっくりした様だったがすぐさま視線をロードに移してこちらに歩いてきた。


「ロード!お前なんでを勝手に連れ出したんだよ?帰ってきたらいないから探したんだぞ!」

「えー?いいじゃん別に。そんなことよりほら見てぇ、、こんなに綺麗になったんだよぉ」

言葉と共に、ロードはをずいっとティキの方へ押した。

しかしティキはドレスに目をやったとたん、明らかに顔を歪める。

「・・・や、確かに綺麗だけどさ、ロード、もうちょっとセンスのいい服はないのか?」

今度はロードの顔が不満そうになった。自分の好みを批判されてむかついたらしい。

「・・・じゃあ、ティッキーならどんなのがいいんだよ?」

メイド服、とか」

そこでの頭はぴし、と石化する。




あれ?ティキって・・ティキってこんなキャラだっけ?こんなの即答するような・・・




どうしよう。もしかすると、ここはある意味一番危険な人たちの巣窟だったみたいです。

どうにかして抜け出さないと、この二人にかかったら私の明日は無い・・・!!


が焦っている間にも、二人の言い争いは次第に酷くなっていく。




「メイド服ぅ?ティッキー、そんな趣味だったんだぁ。見損なったよ」

「ばっ・・・お前こそありえねえ趣味してるだろうが!あんなのには似合わねえよ!」

「はあ?ありえないって何だよぉ。アレはゴスロリっていうの!メイドなんて邪道だよ!!」

「邪道なのはそっちだろ?とにかく!俺はメイド服がいいんだよ!」

「絶対ゴスロリのほうがに似合う!」

「メイド服の方が似合うって!」

「ゴスロリに決まってるだろぉ?!」

「メイド服だって!!」

「ゴスロリなの!!!」





ゴスロリのメイド服にしたらいいじゃん。


そう思っても、絶対口には出さなかった。出したら最期、どうなるか・・・!




とにかく、ティキがメイド服の素晴らしさについて語りだした今、逃げるのには最高のチャンスだ。

音を立てないように移動すると、とりあえずそこらへんにあった飴を二つほど手にとって、ドアから外に出た。

わずかに髪飾りの鎖が音を立てたが、二人の耳にはさっぱり入らなかったようだ。




ドアをそっと閉めて、振り返ると、壁にもたれかかってしくしく泣いている傘が眼に入った。

伯爵にお仕置きでもされたのだろうか。私に気付くと、びくう!と飛び上がってからこちらの様子を伺っている。




「ティ、ティキたまは・・・?」

「ええっとメイド服について語ってるところ・・・じゃなくて部屋の中にいるよ」

当分は出てこないんじゃないかな、と言うとレロは心底ほっとしたようだった。

「こ、怖かったレロロ・・・今度はにイノセンスについて聞くと言っていたレロ・・!」

そのために部屋に来たのか。話題がずれてくれて本当に助かった。

だけど伯爵にイノセンスのことがばれてしまったのはかなりまずい。

帰れなくなった上に、ロードの人形にされて、飽きられてポイ、なんて十分ありえる話だ。

できるだけ早くここから離れよう。



しかしそうは言っても、この廊下には窓などが一つも見当たらない。

他に覚えている窓といえば、さっきのティキと、ロードのそれぞれの部屋にあった窓だけだ。

ロードの部屋にはもう二度と入る勇気はないし、ティキの部屋の場所もわからない。

こうなったら空き部屋を探すしかないか。



そう思うが早いかはとっさにレロも掴んで廊下を走り出した。

傘がわめくのが聞こえたが軽やかに無視し、いくつか角を曲がり、適当に選んだドアを開けて、

目に入った人物に、一瞬思考停止した。






そこには、もくもくとケーキを食べる大男がいた。

それだけでも結構引くのだが、の頭には昨日読んだDグレが浮かんでいた。




・・・あれ?この人、もしかしてあのキレてアクマのメイドをぼっこぼこにした、ノアの甘党さん?

ってことは・・・!やっぱり危険じゃん!ああ、窓はそこにあるのに・・・!!




どうしよう、どうしようとの頭の中がぐるぐるしてきたとき、

やっと気付いたらしい大男が口を開いた。

「・・・お前、誰だ?」

「あ、え、ええと・・です」

「・・・」

「あ、あの・・・窓を貸していただけませんか?」

「・・・・」

「・・・・・・;」

「・・・・・・・・・・」

どきどきどき。痛い沈黙が続く。

確かにいきなりドア開けて入ってきて窓を貸して、なんて不審者極まりないとは、思う。

しかしこうしている間にも、二人が追いかけてくるんじゃないかと、気が気じゃないのだ。

なんとか了承を得なければ。

何か無いかと手元を見ると、そこには非常食代わりに持ってきたロードの部屋の飴。




・・・・・これだ。





すすっと男の傍により、手を差し出す。

「あの、これ、どうぞ・・・?」

すると男は飴を受け取り、を見、そして第二声を発した。

「・・・ありがとう」

飴を見つめるその顔は、どこかうれしそうだ。これは行ってもいいということだろうか。




とりあえず窓の傍まで行き、窓を開けてみる。簡単に開いたそれはとても大きくて、

が楽に出ることができそうだ。

そこまで確認するとは窓枠に上り、最終兵器____レロを目の前に持ってきた。


そして何がなんだかわからない様子の傘と共に・・・飛び降りた。






「な、何するレロォーーー!??」

「何って、早く飛んでよ、レロ。落ちちゃうじゃん」

「そ、そんなことしたら伯爵たまにどんなお仕置きされるか・・・!」

「・・・今即死するのと後でお仕置き食らうのと、どっちがいい?」

「わ、わかったレロ、もうレロはおしまいレロロ・・・」


地面から10メートルぐらい、ギリギリで飛んだレロに座りながらは内心ほくそ笑んだ。

はじめはどうなるかと思ったけど、この傘は以外に使える。ちょっとうるさいのが難点だけど。



しかしは、レロが恐れるもう一人の人物について失念していた。

10分ほど飛んだとき、レロはその人物のことを思い出してしまったのだ。






時はさかのぼって問題の人物、ロードの部屋。

そこでは未だに無駄な上に意味不明な口論が続けられていた。

「ゴスロリ!」

「メイド!!」

「ゴスロリ!!!」

「メイド!!!!!」




「・・・っはあはあ。じゃあさ、実際に着せてみたらいいんじゃないか?」

「ああそれいいねぇ」



・・・結論を出すのが遅すぎるお二方。

そして、さあレッツ着せ替え!と二人が振り返った先に、もちろんはいなかった。





「・・・あれぇ、はぁ?」







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が部屋を出てから3分後ぐらい。


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