夕影 1











時々、夜寝ようと目を閉じる瞬間、自分はこのまま死んでしまうのでは、と、ふと考えることがある。

暗闇の中眠りに落ちた瞬間、それは永遠のものとなり、二度と陽の光を見ることは叶わない。



・・・という、他愛もない杞憂。

今まで何百回、何千回と繰り返してきたはずなのに、未だに慣れないのはどうしてだろう。



どうせいくら怖がっていたとしても、いつの間にかまぶたは閉じられ眠りに就いてしまうのだ。

そして当たり前のように朝が来て、当たり前のように私は目覚め、それを繰り返し生きていく。

そう思っていた。


だから目を閉じた。・・・「いつも」の様に。








見て、あなた!元気な女の子よ!


ああ、二人ともよく頑張った!良かった、本当に良かった。

 早く名前を付けてやろう、とっておきの名前を!










・・・結果としては、朝はやって来たし、目覚めることも出来た。

ただし・・・随分と理解から程遠い状態で。











私が自分の状況を把握するのには、かなりの時間がかかった。

何せ気が付けば病院のベッドで寝ていて、体どころか頭さえ自由に動かせなかったのだから、

混乱して当たり前だろう。

しかも、目覚めると同時にいろんな人が入れ替わり立ち替わり私の顔をのぞき込んでは

口々に賞賛の言葉を浴びせるのだが、

驚いたことに、何か言葉を返そうとしても「あー」やら「うー」やらしか出てこない。




始めは、私が寝ている間に何かの事故が起こり、重傷を負ってしまったのではないかと考えた。

しかし、日が経つにつれだんだんと自分の状況がわかってきた時には本当にびっくりした。


なんと、私は赤ちゃんの体になっていたのだ。

しかも、全く違う親の子供として、である。



なんて事だと頭を抱えそうになったが赤ちゃんの身であるため、叶わなかった。

おまけに両腕を精一杯伸ばした私の姿を母に見つかってしまい、




「ああ!!」

「!?」

ちゃんがバンザイしてるー!!見て見て見てっ可愛い〜v」




・・・と叫ばれ、降ろすに降ろせなくなった腕を、

呼ばれて集まってきた大勢のギャラリーの前で硬直させる羽目になった。



こうなってしまえば、うかつに妙な動きも出来ない。

まあ、生まれてすぐの赤ん坊が自分の状況に苦悩して頭を抱えること自体、有り得ないのだが。






それからは、努めて赤ちゃんらしい行動をするように心掛けた。


とは言っても精神が他と違うだけで身体は乳幼児のそれなので、

大抵の事は意識が無いときに身体が勝手に動いてくれたので良しとしよう。


母乳と離乳食という最大にして最強の伏兵に苦しみながら、私はすくすく育った。

立場上そうする他なかったし、

何かしようにも、赤ちゃんの身体だと行動に制限がかかり過ぎて、すぐ眠たくなるし。



それにしても無駄に自我があるのがこんなにも苦痛だとは知らなかった。

まあ、普通は知らないんだけど。








んで、現在。




『ー・・・次のニュースです。本日未明、沖縄県の大衆酒場「オモロ」方から出火し、

 店主の宮城ジョージさんと、客のアメリカ人一人が全身に火傷をおって病院に運ばれましたが、

 二時間後に死亡しました。出火原因は・・・』



「・・・うー(どっかで聞いたことあるような名前だなー・・・)」




6ヶ月になった私は、居間でテレビを見ていた。因みにニュースである。

幼児向けの番組にいい加減飽きてしまったから、というのも理由の一つなのだが、

主な目的は情報収集であったりする。

こんな小さい赤ちゃんが真面目にニュースを見ていれば怪しまれることこの上ないので、

さもリモコンで遊んでいるかのように装い、適当にチャンネルを変えながら地道に情報を集めていた。




ピッ

『・・・さあ、お次はお待ちかね!今週の人気スイーツ店・ベスト5!のコーナー!!』


「あうぅ・・・(スイーツいいな〜こんな状況じゃなかったら!)」





何の情報かと言われれば、私自身も含めた全ての状況、である。



あの日の夜、私が目を閉じた後に何が起こったのか。どれぐらいの時間が経ったのか。ここはどこなのか。


知りたいことは山ほどあるが、ここ半年辺りでベビーベッドに寝転びながらでもわかったのは、

何故か自分の名前が前から変わっていないことと、今の季節が春であることぐらい。

その他の情報をどうやって手に入れよう、と考えていたとき偶然、母が幼児向けの番組を見させてくれたのだ。

最初こそうんざりしてしまったが、よくよく考えるとこれを利用しない手は無いと気付いた。

赤ちゃんが新聞を読んでいるのは奇妙に思われるだろうが、テレビニュースを『偶然眺めて』いるのは

それほどおかしくないのではないか。と考えたのだ。



早速、そばに置かれていたリモコンを手に取り、ポチポチ押してみると案外上手くいったので、

今度は母に必死のアピールを開始した。

「あー!」だか「うー!」だか言いながらチャンネルを変えたり電源を消したり付けたりしていると


「あら、ちゃんったら気に入ったの?面白い子ねー」


と言われ、今日も


「はい、ちゃん。ちゃんのプチプチよ〜?」


と話しかけられリモコンを手渡されたので、作戦は成功したと言えるだろう。





・・・それにしても情報が少ない。

ニュース番組と言えども全国区なので、なかなかローカルな情報が無い様なのだ。


こうなれば外に出た時に表札や看板類を見るしか無いが、今まで外に出たときと言えば

病院の検査に行くぐらいで、家を出てすぐ父の車に乗り込む上、車の中ではすぐ眠たくなってしまうので、

その作戦は今まで一度も成功したことはなかった。









『ランキング2位、「オオヤマロール」でした!さあ、そして遂に、1位の発表です!!』




・・・ありゃ、回想してる間にケーキ殆ど見逃した!?

なんてこった・・・




一人ずずーんと沈んでいると、床を伝ってぱたぱたと軽い振動を感じた。この感じは・・・お母さんかな?




『今週一位のケーキ店は・・・』

ちゃん、ちゃん!お出掛けしましょ・・・ってキャーーーーー!!?

「ふあぅ?!?!」


どっ・・・・どうした母よ?!



「「ラ・ナミモリーヌ」って!すぐそこじゃない!」



え?何?ら、な??



「奈々さんにも教えてあげなきゃ!すぐに行きましょ!」



言うが早いかお母さんは私をさっさと抱っこし、リュックを背負って出掛けたのだった。









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