傘立てトリップ
trip.13
次の日の朝。
慣れない硬いベッドで寝たせいかあまり眠れず、随分と早い時間に目覚めてしまった。
まだほのかに薄暗い空を小さい窓から窺い、二度寝も考えたけどもう一度寝付ける気がしなかったし起床する。
身支度を整えている途中、昨日ラボでイノセンスを預けたのを思い出し、取りに行ってみようかと思い立った。
こんな時間に、とも思ったがあそこは24時間稼働している雰囲気だし、
邪魔なら隅で見学するのも悪くない。
医務室から出た時リナリーのお下がりで貰った上着を羽織り、周りの迷惑にならないよう、ひっそりと部屋を出た。
「し・・・失礼・・・しまーす・・・・・」
案の定迷いながらも偶然見かけた白衣の人をこっそり尾行(ストーカー)して辿りついたラボ。
確かに思った通り沢山の人がいて忙しなく働いていたが、どこか活気が感じられない。
一応小声で挨拶はしてみたけど、これは出直した方が良いかもしれない。
そう考えて一歩後ずさった時、研究員の一人がこっちを向いて、私に気がついた。
「!!・・・・室長ー!が来てますけどー!」
「本当かい?じゃー連れて来てー」
「へっ・・・!?」
何もそんな大声で知らせてくれなくっても!
突然ラボに響いた声にみんながこっちを注目するので思考も身体も固まったけど、
駆け寄ってきた研究員についてギクシャクと書類の山の前まで行かざるを得なかった。
研究員さん、もうちょっと目立たない方法で知らせてくれても良かったんじゃないでしょうか・・・ああ緊張した。
「・・・さて、ちゃん。まずはこのイノセンスを返すよ。遅くなってごめんね」
「えっいえ!渡したの昨日ですし・・・ありがとうございます」
私がコムイさんのデスクまで行くと、彼は山のような書類をよっこらせ、と床に置いた所だった。
続いて調査に預けていたイノセンスを手渡され、唯の金属にしか見えないそれの重みを握り締めた。
渡した時と何ら変わり無いように思えるけど、調査が済んだのだろうか。
だとしたら、これがエイドラスさんのものだった事も・・・
「イノセンスの調査も終わったよ。・・・・やっぱりヘブ君が言ってた通りだった」
「・・・そ、そうですか・・・・・」
「朝食が済んだら、エイドラスと仲が良かった団員達に一応この事を話しておこうと思う。
今まで長期任務って誤魔化してたけど、流石にもう・・・隠してはいられないからね」
「・・・・・」
ちゃんにもいてもらいたいんだ、朝食を食べて、またここに来てくれるかな?・・・と言われたので、
現在私は食堂に来ていた。
適当に頼んだサンドイッチをもしゃもしゃと食みながら、再び自分の元へ帰ってきたイノセンスについて考える。
今は自分の首にかかっているこのごく普通のネックレスが、イノセンス。・・・到底信じられない。
だって普通はイノセンスを開放したらアクマの一体や二体倒せるような武器が出てきて然るべきなのに、
アレンやコムイさんの話によると(私は気絶してたらしいので知らない)どうやら出てきたのは黒い霧。
もしもそれが武器ならこの世界に来る直前出たそれも、レロを攻撃してる筈じゃなかろうか。
そうなると、このイノセンスはミランダさんみたいに攻撃系じゃないんだろう。
・・・そこで、引っ掛かるのがコムイさんの話だ。
彼によると、エイドラスさんはアクマをばったばったと薙ぎ倒す、凄く強い人だったらしい。
倒す。即ち少なくとも攻撃は出来た、と言うことだ。
―――そのイノセンスが、私のイノセンスであるという。これは、結構な矛盾では無いだろうか。
もしかすると、私のイノセンスもアレンやリナリーみたいに窮地に陥ってレベルアップしたら、
攻撃型になるのだろうか。
ここまで考えて、くわえたままだったサンドイッチの残りを押し込み、小さく溜息をついた。
・・・窮地って。
やっぱり駄目だ。そんな状況になっても戦える自信がない。
ねぇ、何にも教えてくれないと、対処の仕様が無いよ?
君のこと、ちゃんと全部教えてってば。
胸の上のイノセンスに心の中で助けを求めてみたけど、
その小さな重みは相変わらず、きらりと光を反射するだけだった。
「・・・さて。 今回君たちに集まってもらった訳だけど・・・」
「何なんすか?」
「任務ですかね?」
「まさかまた何か仕舞い込んでなくしたとか」
「もしくはリナリー関連かもよ」
「いやいやアレを忘れるなよ、コムリn」
「馬鹿!余計な事言うなよっまた造られたりしたらどうすんだ!?」
「・・・・・」
私が食後の紅茶をゆっくり飲んでから再びラボへ向かうと、
同様にラボへと向かう探索班の人をちょくちょく見かけた。
と言うか、その内の一人をまたまた懲りずに尾行してラボに辿り着く事が出来たんだけど、
それにしても人数が多く無いだろうか?集まった探索班達は、軽く10人は超しているように見える。
到着後、手招きでコムイさんの隣に呼ばれた私は現在、少々居心地の悪さを感じながら目線を逸らし続けている。
多分、この探索班達はエイドラスさんと知り合いだった人達だろう。
これから、エイドラスさんが行方不明、そして恐らく亡くなった事を告げるんだろう。
さらに、私が彼のイノセンスの新たな適合者だと言うんだろう。
わかってる。
私が今ここにいなくたって、エイドラスさんは戻って来ないって事は。
でも、私なんかがこの位置にいることに、違和感を感じてしまう。
これから探索班の人達が受ける悲しみを考えると正直この場にいたくないのが本音だけど、
もう状況的に無理だよね・・・
覚悟を決めきれないまま視線を上げると、探索班の人達もこちらを訝しげに窺っているのがわかって再び逸らした。
・・・やっぱり、向き合える気がしない・・・
「・・・今日は、君達に伝えなきゃならない事があるんだ」
「・・・?」
「どーしたんすか、室長」
「単刀直入に言おう。・・・この前から長期任務に出ていたエイドラスが任地で失踪したまま連絡が付かない。
現場には団服の切れ端のみ。恐らくアクマとの交戦において・・・」
「!!」
「・・・・・!!!」
「・・・え?」
「そ、そんな・・・・・嘘だろっ」
「ほら、エイドラスって放浪癖あるから、きっと」
皆、声が震えてる。
出来ればこのまま我関せずで通したかったけど、コムイさんが私の肩に手を置き、ちょっと前に押した。
ああ、こんなことしたら注目度抜群じゃないか。
「最近入団したこの子、・のイノセンスを調べたんだ。
ネックレス型なんだけど、革紐に付着していた血液とイノセンス本体を解析した結果、
エイドラス本人のものと特定された。
恐らく適合者の死を感じ取って、イノセンス自ら形態を「そんなこと!・・・っそんな事言わないで下さいよ!」
「・・・・・っ」
「なんでだよ・・・なんでエイドラスが・・・!」
コムイさんの言葉を遮って、一人が声を荒げ、俯いた。握り締めた拳が震える。
それを皮切りにしてか、他の人々も一様に顔を歪め、場は静かでいて悲しみに包まれた。
・・・そして。
「っああぁああ!!!!!」
「・・・え」
集まっていた探索班達の後ろの方から、大柄の男性が人々を押しのけ、姿を現した。
彼は大声で叫びながら一直線に私の方へと走ってくる。その光景を、ただ呆然と見つめる事しかできなかった。
「っちゃん!」
「!」
「!!」
口々に名前を叫ぶのが聞こえたけど、所詮ただの音・・・抑止力になり得る筈もない。
「っお前が!!」
「・・・っ!」
強く、強く肩を掴まれた。あまりの勢いにそのまま後ろに倒れこむ。
このままでは間違いなく頭を打ちつける。とっさに身体を捩ったが、さてどこまで効果があるか。
「・・・!・・・っ?」
相当の衝撃が、痛みがあるとは予想していた。
けど、想像より遥かに軽い感触に数秒間思考が固まる。
ゆるゆると視線を上に移動させると・・・
「っは、何も悪く無いでしょう!」
「煩ぇ!っこいつが、こいつがエイドラスを殺して奪ったんだろ!?」
「リック、やめて!はそんなことしないわ!」
「イノセンスを持ってたってのが証拠だ!あいつがアクマなんかにっ、やられたり・・・するかよ!!」
アレンが、男性の肩を掴んで押し止めていた。
リナリーが、倒れた私の身体を受け止めていた。
そしてゆっくりと、コムイさんがこちらに向かって歩いてくるのも見えた。
「・・・イノセンスは適合者を選ぶ。ただ奪っただけじゃ意味が無いんだ。知ってるだろう?」
冷ややかに言い放たれた言葉に、男性の怒気と眼が揺らぐ。
きっと自分でもわかっているんだろう、酷い言い掛かりだと。
でも認めたくないんだ。エイドラスさんが、もういないって事を・・・
「でもっ・・・あいつが、あいつは凄く強かった!なのにやられるなんて!!」
「ゴーレムとの通信も繋がってない。イノセンスはここにある。なら、それがどういう事か判るだろう」
「・・・っ」
相変わらず、コムイさんの口調は平坦で冷たい。
淡々と事実を述べる彼に男性が口をつぐみ、また跡を継ぐように別の男性の声がした。
「いなくなっただけかもしれない!きっとどこかで、元気に・・・」
「どちらにしろイノセンスを手放した時点で彼は神に見放されているんだ。
エクソシストの力を持たない人間がアクマと遭遇して生きていられるとは思えない」
誰かが息を呑む気配がして、小さなざわめきがより広がった。
先程から私の上に圧し掛かりかけている男性を窺うと、彼もまた呆然と何事かを呟いていた。
そして漸く私を、正確には私の首にかかるイノセンスを見つめて・・・
ついにその眼に大粒の涙が浮かんだ。
「・・・っ・・・・・エイ、ドラス・・・・・ぁあああああ!!!」
天を仰いだ大絶叫に、空気が震える。
私を支えるリナリーが小さくリック、と呟く。その手も小刻みに震えていた。
その場にいる全員の空気が重い。
それほどまでに、エイドラスさんは皆にとって大切な存在だったのだろう。
なのに、ぽっかりと空いた深い穴に現れたのは私という異物のみ。そりゃあ、憤りもする。
「・・・・・」
私は、皆に向けてかけるべき言葉が、わからない。
ごめんなさいって謝る?私は何もしていないのに、どうしようもないのに?
代わりが私でも許してってお願いする?なれる筈もないのに、望まれてもいないのに?
ぐるぐると悩んでいるうちに、男性の下から引きずり出されていた。
リナリーがそのまま私を抱きしめて色々と声をかけてくれたのだけど、あまり頭に入ってこない。
あいまいに応答しているとソファに座らされ、彼女はいつの間にか視界から消えていた。
しばらくぼうっと考えていると、いつの間にか目の前にコムイさんがいるのに気がついた。
思考が現実に引っ張り戻され、目を瞬かせる。
「・・・コムイさん?」
その悲痛な表情に思わず声をかけると、一瞬の後に和らいだ。
「ああ良かった!・・・ちゃん、さっきはごめんね。
身体はどこも痛くないかい?」
「はい、大丈夫です」
実際、倒れはしたけど床につくまでにリナリーが受け止めてくれたので傷ひとつ無い。
そう言えばリナリーはどこに行ったのだろうと周囲を窺うと、コムイさんが微笑んだ。
「リナリーが心配していたよ。多分もうすぐ・・・ほら」
彼の視線の先を追うと、リナリーがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
流石はリナリー、走り方も文句無しに可愛い。
「・・・!大丈夫?取りあえずこんなものしかないけど、」
「うん、大丈夫だよ!ありがとう。・・・リナリー、ありがとう」
心配そうにマグカップを差し出す彼女に安心させるためにお礼を言ってから、
先程助けてくれた事に対しての意味を込めてもう一度、呟く。
私としては聞こえなくても良いかな、と思っていたけど、見事に聞き取られていたらしい。
彼女は一瞬ぽかんとしてから、やわらかく微笑んでくれた。・・・正に天使のようだった。
「いいのよ。私たちこそこうなる事はわかってた筈なのに・・・」
「それだけエイドラスさんがいい人だってことだよ。・・・私も、会ってみたかったな」
半分は純粋に、半分は原作に出てこないという理由からの発言だった。
これ程深く皆に愛されていたなら、原作で一言も触れられていないのはやはり不自然な気がするのだ。
もしかすると私という異物のせいなのかもしれないが。
「うん・・・そうね!」
悲しそうに、それでも笑ってくれたリナリーに申し訳ない気持ちがうまれる。
気を紛らわすように、彼女が手渡してくれたマグカップに視線を落とすと、
ミルクと、多分砂糖がたっぷり入っているであろうカフェオレが、温かくふわっと香った。
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