愛し合うための代償







ある町の冬の夕方、橙の暖かな光が差し込む宿の一室。

・・・から突然響いてきた怒鳴り声に、通行人たちがぎょっとして後ずさった。



「なあ、いいだろう!? 頼むから・・・」

「ダメ! 絶対嫌!!だってこの子は、」

「だーかーら!それは元々俺のなんだって。 ほら、おいで〜・・・あれ?」

「やっぱり!言ったじゃない、この子は私のなんだからっ!」



傍から聞けば、まるで彼らの子供の引き取りについての痴話喧嘩である。

しかし、その実態が一匹のペットの取り合いだとは、誰一人として気付くまい。

因みにそのペットとは千年伯爵作、人食ゴーレムの二匹のティーズのうちの一匹で、

今は、ぎゃいぎゃいと騒ぐ本来の飼い主、ティキと、現在の飼い主、の間を

ふわふわと飛んでいる。


普通なら、先程のティキの呼びかけで手のひらに収まるはずだった蝶々は

見事に元飼い主を無視し、ティキは少なからずショックを受けたが、

それに加えて、彼には、どうしても納得できないものがあった。



「違うっ!断じて違う!!俺のティーズはそんな甘ったるい名前なんかじゃない!」

「どうしてそんな事言うの?可愛い名前じゃない、ねえ、ストロベリィ?」



再び聞こえてきたあり得ない名前に、ティキは軽く、めまいを覚える。

何がどうしてこんなことに。その理由は自分に・・・あったかもしれない。





一週間前。

予定通り仕事を終わらせた俺は、意気揚々としてティーズを仕舞おうとして、二匹を呼んだ。

一匹はすぐに飛んできたのだが、もう一匹がなかなか来ない。

見れば、向こうにある肉屋をじいいいっと見つめている。

なんだ?あれだけ喰わせてやったのにまだ足りなかったのか?

しかし俺は行くところがあるし、第一そんなことに使うお金も持ってない。


「ティーズ、駄目だ。行くぞ」


羽を乱暴に掴んで引っ張る。まだ動かない。

それでもぐいぐい引っ張っていたら、俺の指を思いっきり噛んで

何処かへふいっと飛び立ってしまった。

探そうにも空の上、そのうち帰ってくるだろうと深くは考えず、

仕事を終えたら行こうと思っていた場所へ足を運ぶことにした。


半日ほどで、目的の町に着いた。恋人、が住んでいる町だ。

見知った通りを歩いて、ある宿屋のドアをギィ、と開ける。


「あ、いらっしゃいませー・・・!ティキ?!ティキじゃない、久しぶり!!」


途端に俺を迎える彼女の声に思わず笑みがこぼれた。

駆け寄ってきたを両腕で抱きしめて、柔らかさと暖かさを楽しむ。

3ヶ月ぶりだ。

千年公の人使いの荒さに呆れつつも、目の前の愛しい存在に俺は幸せだった。

そう、あのときまでは。



ごそごそっ


「・・・・?」

「え、・・あ!ごめんなさい、ストロベリィがお腹すいたって」

突然彼女の服の中で何かが動いた。

びっくりして見つめていると、事も無げに何かを取り出そうとしている。

察するに、ペットか何かか。ストロベリィ。随分可愛らしい名前だ。犬か猫か?


・・・・・ん?犬か猫?? それにしては随分狭いところに・・・


次の瞬間、ティキは凍りついた。

なんと、彼女の服の隙間から出て来たのは紛れも無く、あのティーズだったのだ。

そして意外な所からの意外なものの登場で混乱するティキの頭の中で、

もうひとつの事実までも思い出される。


―――さっき、こいつのこと”ストロベリィ”って


「・・・・・・どこが?」

「え?何が?」

「その蝶々。随分と、その・・・顔?とか、怖くない?」

・・・そもそも蝶々には、そんなところに顔なんかついてなかったと思うんだけど。



穏便に。穏便に進めなければ。

唯でさえなかなか会えないのに、ここで嫌われてしまっては元も子もない。

なんとか平然を装うと必死なティキに対してはきょとんとしている。


「え、全然?確かに最初はちょっとびっくりしたけど、私のこと噛まないし。

 ・・・・んー、そう言われてみれば見たこと無い蝶だけど、 ・・・・・ティキ?」

「な、なな何?」

「何って・・ティキこそ何してるの?ストロベリィの羽持ったりして」

「い、いやあ、もうちょっと近くで見ようと思って。ははは・・・」


怪訝に首を傾げる彼女の視線の先には、

必死でストロベリィ(旧ティーズ)と格闘しているティキ。

なんとしてでも連れ戻したい。

ゴーレムがいなくなった、なんてことになれば十中八九千年公に怒られる!!

・・・いやしかし、ここでの愛蝶(?)を強引に持って行ったりしたら、

今度はに嫌われてしまうじゃないか!!!

それだけは困る! ああでも千年公も怖いし・・・



・・・・・・・


「・・・、この蝶、俺に頂戴?」

「・・・・・・・・・・絶対、嫌」



―――それから、最初の会話に戻る。

はどうしても蝶を手放したくないようで、頑なに反発し・・・

とうとう、俺が折れることにした。

「・・・ごめん、そんなに大事ならやっぱいいよ」

「・・・・え、本当?」

とたんにの顔がぱあっと明るくなる。


ああもう、千年公なんかどうでもいい。

俺はこの笑顔のために頑張っているんだ。

それを失わないためなら、そんなことは気にしていられない。


「本当は・・同じ奴、持ってるんだ、ほら」

「!! じゃあ、おそろいだね! あ、もしかしてティキ、

 ストロベリィの仲間と一緒にいさせてあげようとしてた?」

「・・・そんなとこ」

「じゃあ、もうだいじょうぶだよ」

「何で?」

の目がきらきらと輝く。

ちょっと恥ずかしそうな顔で、ぎゅうう、と俺に抱きついて。


「だって、私はティキのことがだいすきで、あいしてるから。

 ・・・これからもまた、いつでも会えるよ」


  蝶々も、私達も。

そう最後にささやいたのを聞き届けてから、ティキはもう一度、を抱きしめた。


やっぱり彼女には敵わない。ティーズ(ストロベリィ?)も懐いてしまった様だし。


でも、ティーズを失って、千年公に何を言われようが、

と愛し合うための代償とでも思えばなんともない。






それに、また会いに行ける。


必要なら、どんな犠牲を払ってでも。










-- + -----------------------------------------------------------

[BAMBINA]のCoco様の D.gray-man夢企画[LOST STORY] への作品です。

とりあえず。
甘い。甘すぎます。
我ながらあまりの糖分の多さに悶絶死しそうです。
シリアスにしようと思っていたのですがまとまらず、路線変更。
でも、いくらなんでもあの蝶々の顔であの名前はちょっと・・・;

まあ、物の定義が少し広いということで。


叶ノ月